広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

厚田の地を、希望が来る「望来」に

「“希望が来る地”か。いい地名だね。
 仏法というのは、一言すれば、希望の哲学だ。万人が己心に仏の生命を具えていると説く仏法には、どんな逆境にあろうが、絶望はない。わが“宿命”は、この世の“使命”であると、確信していくことができる。その確信から、努力が生まれ、人生の勝利への、さまざまな創意工夫が生まれていく。
 心が敗れてしまえば、希望の種子は腐り、芽が出ることはない。希望は、豊かで、強い心の大地から生まれるんだ。自分の心の外にあるものじゃないんだ。
 私たちの手で、厚田の地を、希望が来る『望来』にしていこうよ。それが、戸田先生を本当の意味で顕彰していくことになるし、弟子としてのご恩返しにもなる」


『新・人間革命』厚田の章


*******


 先週2泊3日で、北海道・札幌に住む祖母と伯父さんたちに、妻と結婚の報告をするとともに、望来(もうらい)・戸田記念墓地公園に祖父の墓参に行って参りました。

 新札幌のホテルから、レンタカーで8時前に出発して1時間半強かけて厚田墓園へ。
 9時半ごろの墓園は、とってものどかな心安らぐ雰囲気で、騒音は一切なく小鳥のさえずりが心地よくて、ずっといたいと思ってしまうくらいでした。

 戸田先生と池田先生の胸像が日本海を臨んでいるのには、少しハッとしました。世界からすれば、望来から、世界平和の「希望が来た」という風にも取れるかもしれません。
 それほど、池田先生が戸田先生の御遺志を継いで行ってきた世界平和への貢献は計り知れない。
 緊張状態にあった中国と旧ソ連への訪問・両首脳との会談、日中国交正常化提言、イデオロギーを超えた世界中の国との文化・芸術交流の推進、各国からの創価大学への留学生受け入れ、SGIの日記念提言による毎年発表される具体的な平和提言等々。
 
 僕も弟子として、先生の御構想の一端を担う人材に成長するとの決意を改めました!
 

 そして、希望の哲学である仏法を象徴するような言葉、「宿命を使命に変える!」。
 そのための祈り!
 お題目について書かれた大好きな一節を読み返しました。
 一時期は御祈念帳の最後のページに書いて毎回読んで祈っていました。

  祈り――それは、あきらめない勇気だ。

厚田村(歌詞)

作詞:山本 伸一
作曲:杉野 泰彦

一、
北海凍る厚田村
吹雪果て無く貧しくも
海辺に銀の家在りき
是ぞ栄(はえ)ある有る我が古城

二、
春夏詩情の厚田川
鰊(にしん)の波は日本海
松前藩主の拓(ひら)きしか
断崖屏風(だんがいびょうぶ)と漁村庭

三、
少年動かず月明かり
伝記と歴史の書を読みて
紅顏可憐に涙有り
正義の心の鼓動楽

四、
痛まし針の白髮に
不正に勝てと厚司(あつし)織る
母の祈りに鳳雛も
虹を求めて天子舞

五、
暖炉に語りし父も又
網を繕ひ笑顔皺(じわ)
権威の風に丈夫(ますらを)は
征けと一言父子の譜(うた)

六、
厚田の故郷(ふるさと)忘れじと
北風包みて美少年
無名の地より世の為に
長途の旅や馬上行
厚田の故郷忘れじと
北風包みて美少年
無名の地より世の爲に
長途の旅や馬上行
長途の旅や馬上行

※現代漢字に直しています。

同志の歌(歌詞)

作詞:戸田城聖
作曲:小川昇

我 今 仏の 旨をうけ
妙法流布の 大願を
高く掲げて 一人立つ
味方は少なし 敵多し

誰をか頼りに 戦わん 
丈夫の心 猛けれど
広き戦野は 風叫ぶ
捨つるは己(おの)が 命のみ

捨つる命は 惜しまねど
旗持つ若人 いずこにか
富士の高嶺を 知らざるか
競うて来れ すみやかに
競うて来れ すみやかに


※常用漢字に修正しています。
※元歌:三高寮歌「行春哀歌」

壮年は獅子である。

 壮年は、創価の要であり、広布の勝敗を決する最終ランナーだ。
 壮年は獅子である。堂々たる壮年の姿を見れば、皆が安心する。その厳たる声が響けば、皆が勇気をもち、大衆は勝利する。
 わが獅子たちよ!
 尊き、わが広布の戦友よ!
 21世紀の夜明けを開く、狼煙は上がり、決戦の幕は落ちた。遂に、われら壮年の出番が来た。
 今、立たずして、いつ立つのか! 今日、戦わずして、いつ戦うのか!
 人生とは、限りある命の時間との闘争である。
 使命を果たさずして、人生の価値はない。志をつらぬかずしては、いかに自分を正当化しようが、あとに残るのは空しさと悔恨である。
 御聖訓には「一生空しく過して万歳悔ゆること勿れ」(御書970㌻)と。
 さあ、白馬にまたがり、広宣の旗を掲げ、使命の大舞台を痛快に疾駆せよ。


随筆 新・人間革命
われら壮年の活躍


*******


 挑戦の心を失えば、もはや青年とはいえません。
 先生は、「飽くなき挑戦の心こそ、青年の魂だ。」と『新・人間革命』新世紀の章で教えてくださっています。
 
 人間というものは、歳を重ねるにつれて新しいことに対する興味、好奇心を失いがちになると聞いたことがあります。
 長く生きれば生きるほど、それまでの経験と価値観(人生観)の範囲で出来事を意味付けし、処理することができるようになり、その経験・価値観(人生観)で意味付け、処理できないものを捨象してしまうのではないでしょうか。
 そうなると、新しい経験を得ることが難しくなり、新しい経験をしたときの感動なんかも薄れてしまい、終いには新しい経験に対するインセンティブもなくなる。
 こうして、人は子ども心を失い、挑戦の気概も失せてしまうんじゃないかと思います。
 (「捨象」とは、事物または表象からある要素・側面・性質を抽象するとき、他の要素・側面・性質を度外視すること。)
 

 死ぬまで、青年の心で、挑戦を続ける人生を生きたい。
 牧口先生が日蓮大聖人の南無妙法蓮華経に出会い、入信されたのは、なんと57歳の時。すでにいくつかの小学校の校長の職を経験していました。
 その2年後に1930年には、戸田先生とともに創価教育学会を創立されます。

 そして、晩年の獄中においても、カントの『価値論』等を読み、研鑽を続けられていたといいます。
 すごい。僕らも負けてられません!!


 上記、御指導で引用されている御文は「富木殿御書」にあります。富木常忍も30代後半で入信し、60代で出家し、大聖人の遺文の収集等の重要な役割をしました。

"Do not spend this life in vain and regret it for ten thousand years to come."

The Problem to Be Pondered Night and Day
Major Writings of Nichiren Daishonin, Vol. 5, p167.


Be Young!!

人間の真価

 そして彼は、通教生は、一人も漏れなく、人生の勝者になってほしいと、強く、強く、念じながら、こう呼びかけたのである。
 「まずもって向学の走者は、自己を制覇し、試練の障壁に信念のバネで挑み、生涯の自己錬磨の飛躍台にされんことを念願するものであります。
 人間の真価は、ひとたび険難の峰にさしかかった時に、初めて明らかになるといわれております。前途に立ちはだかる困難をもって、挫折を自己正当化する手だてとするか、成長への好機と意義づけて進んでいくかで、将来の行路を決定づけてしまうといっても過言ではない。その選択は、ほかならぬ自己自身の腕にあるのであります」


『新・人間革命』学光の章
創価大学通信教育部第1期生に対するメッセージ


*******


 今年の司法試験、短答式試験で落ちてしまいました。家族、応援してもらった人たちに対して、すごく申し訳ないし、悔しいです。
 でも、明るく生きます!明るく行きます!!
 あと、2回受験することができます!来年の合格を目指してがんばろうと思います!!
 仕事も始まるし、活動もしたいし、すっごく大変ですが、先生のおっしゃる通り、自己を制覇して、信念のバネで挑んでいきます!!

 自分の戦いが、体験が、実証が、広宣流布を進めることを確信して、日々を生き抜こうと決めました!!
 6月16日、今日からまた、新しい自分で顔晴ります☆

 同じ創大ロースクールで一緒に勉強してきた友だちの一人も短答式で落ちました。電話で話しました。なかなか前向きになれない気持ち、すごくよくわかりました。
 でも、新・人間革命を読んで、僕らの真価を発揮するのは今なんだって思いが、心の奥からふつふつと湧いてきました。
 
 日本一難しい試験、仕事、活動等、挫折を自己正当化する手だては盛りだくさん。でも、チャンスと捉えていきたい!!!
 顔晴りたい!!!
 顔晴ろーう!!!
更新をLINEでお知らせ
オススメの本
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: