広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

冬は必ず 春の旅かな

ともかくも
 共に唱題
  ひとすじに
 冬は必ず
  春の旅かな


2012.3.13
随筆 我らの勝利の大道
東北「復光」の春


*******


 「ともかくも」と「ひとすじに」という言葉に、池田先生のお題目・南無妙法蓮華経に対する絶対の確信を感じました。
 
 ところで、2月度の座談会御書は、この短歌のモチーフである「冬は必ず春となる」で有名な妙一尼御前御消息でした。
 地区のセミナー座談会で御書講義を担当させて頂き、復習しているなかで、高校生のときに英語で勉強をしたことを思い出しました。

 
――――――― 

法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、
いまだ昔よりきかず みず 冬の秋とかへれる事を、
いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、
経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候

妙一尼御前御消息、御書1253㌻

―――――――

 「若有聞法者無一不成仏」は、法華経方便品第ニの一節で、「若し法を聞くこと有らば、一(人)として成仏せざること無けん」と読みます。

 英語だと、以下のようになります。

―――――――

Those who believe in the Lotus Sutra are as if in winter, which never fails to turn into spring. Never have I seen or heard of winter turning into autumn. Nor have I ever heard of any believer in the Lotus Sutra who remained a common mortal. A passage from the sutra reads, "Among those who hear of this Law, there is not one who shall not attain Buddhahood."

Major Writings of Nichiren Daishonin, Vol.1, p149.

―――――――

 英語版の御書では、"Winter Always Turns to Spring"という題が付けられています。
(現代ではわかりづらくなってしまった漢文も英訳されると現代語として簡単に意味がわかりますね☆)

 
 今日も共に祈り、「冬は必ず 春の旅」を歩んでいきましょう!!
 

「勇猛精進」とは「信心唱題」

たゆみなく
 精進ありたる
  人こそが
 最後の勝利者
  永遠の勝利者

 日寛上人は、「勇猛精進」とは「信心唱題」であると示された。「依義判文抄」では「敢んで為すを勇と言い、智をつくすを猛と言う」「無雑の故に精、無間の故に進」と引かれている。すなわち、
 「勇」とは、勇んで行動すること。
 「猛」とは、智慧の限りを尽すこと。
 「精」とは、不純な雑じり気のないこと。
 「進」とは、間断なき前進また前進である。
 「日月天の四天下をめぐり給うは仏法の力なり」(1146㌻)と仰せの通り、妙法は天体をも動かしゆく本源のリズムである。
 その題目の音律を轟かせながら、苦難を乗り越え、たゆみなく前進しゆく生命は、大宇宙の最極の法則に合致していくのだ。

<中略>

勇猛の
精進ありて
勝ち戦
諸天を動かし
大河のごとくに


大白蓮華2008年11月号 巻頭言
創価の魂は「勇猛精進」


*******


 母に何度言われたかわからない。

――「唱題した人が勝つ」 「祈った人が勝つ」


 二乗的な合理的思考では、「勝つ」ってなんだよと突っ込みを(心の中でも実際にも)入れていた時期もありました。
 が、今となっては「ほぼ間違いない」と感じています。
 そこがまだ、圧倒的な体験に基づく絶対的な確信を掴んでいない僕の信心に対する確信の程度。
 
 でも、池田先生もおっしゃてるんだから、信じられる。
 僕の信心に対する確信は、先生がおっしゃているからという点で深くなっています。

 もっともっと確信を深めるために、目標を決めて、祈りを叶え、勝っていきたい。
 そして、僕の人間革命を通して、広宣流布を進めていきたい。
 自分も、家族も、友だちも、縁する人みんなを笑顔にしたい。幸せにしたい。

 だから、明日も祈ります!!!

創価の魂は「勇猛精進」

この人生
 溢れんばかりの
  勇気 持ち
 己が使命を
  断固と果たせや

 真の勇気にとっては なにごとも不可能ではないーこれは、若きアレクサンダー大王の大確信であった。
勝利の歴史は、勇気ある前進から生まれる。
 私たちが朝な夕なに読誦する法華経の方便品には、「勇猛精進」と説かれている。師・釈尊が弟子・舎利弗に、自ら過去世において「勇猛精進」を貫いてきたことを語られたのだ。
 さらに宝塔品では、未来世の大難のなか、妙法を持つ弘めゆく「勇猛精進」の弟子を、諸仏が誉め讃えると宣言されている。
 「勇猛精進」こそ、仏道修行の根幹であり、師弟不二の証しなのである。我ら仏勅の創価学会は、1930年(昭和5年)の11月18日の創立以来、初代も、二代も、そして三代も、「勇猛精進」で勝ってきた。これからも、永遠に勝ち抜いていくのだ。


大白蓮華2008年11月号 巻頭言
創価の魂は「勇猛精進」


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 人生で最も必要なこと――それは勇気。
 勇猛精進(ゆうみょうしょうじん)という言葉は、法華経の中で出てきます。大聖人も3度言及されています。

~~~~~~~

 法華経に云く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり是の如き人は諸仏の歎めたもう所なり、是れ則ち勇猛なり是れ則ち精進なり是を戒を持ち頭陀を行ずる者と名く」(御書42㌻)

~~~~~~~ 

 砕いて言えば、法華経という信じ持(たも)っていくことが難しいものを持っていくことを勇猛精進というんだと。

 どういう人間が唱題し、折伏し、法華経を持って弘めているのか。
 日蓮正宗の坊主たちは、折伏してんのかと。
 説法して法華講の人たちを教導しているといっても、自分は折伏しなくていいのかと。
 日蓮正宗内部の人間にだけ法華経を説いて、それで勇猛精進といえるのかと。
 
 日蓮大聖人直結の信心を継承していると自負する学会の幹部たるもの、絶対にそうであってはいけないと思います。
 勇猛精進でいきましょう!!


 勇猛精進の意義に関しては、先生も法華経方便品・寿量品講義の中で詳しく教えてくださっています。
 →「勇猛精進」

勇敢な信心

 「あいかまへて・あひかへて・信心つよく候て」です。
 信心は、成り行きでいつか深まってくるものではない。「あひかまへて」とは、発心をしなさいということです。何があろうとも、よし、これを転機に御本尊根本に一歩前進していこう、という勇敢な信心が大切です。その信心のあるところ、釈迦、多宝、十方の諸仏の守護が、厳然と働きをあらわしてくるのです。


池田大作全集 第24巻
「諸法実相抄」講義


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 ただ歳を重ねるだけでは、落ち着きは得られても、信心が深まるわけじゃない。
 ただ学会活動を長く続けるだけでは、経験は得られても、信心が深まるわけじゃない。
 
 「勇敢な信心」

 たぶん、日々発心していくこと、日々決意していくこと。何があろうとも。
 勤行でも唱える「勇猛精進」という言葉を思い出しました。
 勇気を持って、心ひとすじに物事(修行)に打ち込むというような意味です。
 

 先週の『新・人間革命』の連載では、人材育成の模範が示されています。
 自身の信心もそうであるように、後輩の信心も年月とともに深まるわけじゃない。勇敢な信心が大切であることに変わりはない。
 
 共に祈り、共に動く。
 友のために祈り、友のために動く。
 
 そうできるように、発心してもらうのが一番難しいことかもしれません。
 勇敢な信心を奮い起こし、発心してもらう。それは折伏とほとんど同じか、それ以上に大変なことです。

 勇猛精進、言い換えれば、勇気と誠実しかない。
 長編詩「大空を見つめて」にはこうあります。


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 勇気とは
 誠実とは
 自分の決めた この道を
 どこまでも貫いていく
 その決心の深さだ
 その持続の強さだ

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 今日も明日も、そしてずっと、師弟の道を貫いていきたい。

勇気の第一声を明るく朗らかに

 大聖人は「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(御書1361㌻)とも仰せである。
 広宣流布の拡大も、友のため、人びとのため、勇気の第一声を明るく朗らかに発することから広がる。


2010.9.21
随筆 我らの勝利の大道


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 どんなとき、どんなところでも、勇気の第一声を発するところから笑顔も信頼も生まれますよね!
 
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