広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

希望は 努力と忍耐に咲く花

希望は
努力と忍耐に咲く花である。
希望は
陰徳を積みゆく人の
誇り高き陽報なのである。

希望に
生き抜く人には
堕落がない。
惰性がない。


2012年1月2日
長編詩「希望は人生の宝なり」より抜粋


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 希望は、常にそこにあるものと思っていたけど、本当は希望の種があるだけなのかもしれない。
 その種を咲かせるための、光と水が必要だったんだ。努力と忍耐が必要だったんだ。

 そこをはきちがえて、「希望を持って生きてる」なんていっても、それはただの強がりか慢心から生まれる危機感の無さを表すものでしかない。
 諦めずに真剣に祈ること、粘り強く行動すること、そこにこそ希望があるんだと思う。
 
 だから、希望に生き抜く人には堕落も惰性もないんだと思う。
 
 希望に生き抜く人、希望を生み出す人、希望を分かち合う人でありたい。

「幸福は励ましの絆から広がる」

 きょう、私は、皆さん方と一緒に宣言したいことがあります。それは、「幸福は励ましの絆から広がる」ということであります。
 大聖人は、最愛の家族を亡くして悲しむ一人の母に、「法華経をたも(持)ちたてまつるものは地獄即寂光とさとり候ぞ」(御書1504㌻)と励まされました。
 いかに深い苦しみの暗闇も、幸福の光り輝く世界に変えることができる。これが妙法の大哲学です。
 この妙法を唱え弘めながら、一人一人に「どんな宿命も必ず転換できる」「どんな人も絶対に幸福になれる」と言い切って、励まし抜いてきたのが、我ら創価の師弟であります。
 この励ましの拡大こそが、大聖人から託された「立正安国」の理想を実現する道でもあります。
 民衆の励ましの絆がある限り、いかなる災難も共に乗り越え、共々に幸福と平和の社会を勝ち開いていけるからです。
 今、出口の見えない長いトンネルのような時代であるからこそ、私たちは、いよいよ、はつらつと、励ましの対話に打って出て、あの友にも、この友にも、仲良く朗らかに、勇気と希望の光を贈っていこうではありませんか!


2012.3.3
新時代第56回本部幹部会へのメッセージ

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 「幸福は励ましの絆から広がる」――

 「幸福」も、「励まし」も、「絆」も、言葉としては巷に溢れています。
 そのありふれた言葉たちを仏法の視点から紡ぐと、そこには透徹した幸福観、平和観が現れる。
 師匠・池田先生が世界一の指導者であることの理由の一つは、仏法哲学に裏打ちされた、この言葉の巧みさにあると思います。

 僕たち創価学会が目指す「立正安国」、また「広宣流布」というムーブメントの根本理念は、まさに「幸福は励ましの絆から広がる」という言葉で説明できます。
 
 学会活動の家庭訪問、個人指導も折伏も、全部励ましを送るためです。
 僕は、相手も自分も笑顔になるためだと思っています。
 笑顔は幸福の素。その幸福の素をみんなで分け合うための学会活動です。

 そしてまた、「法自ら弘まらず人法を弘むる故に人法ともに尊し」(御書856㌻)とあるように、人と人との絆によって妙法は広まります。
 言い換えれば、「誰にでも仏性(最高の個性、無限の可能性)があり、それを表すことで幸せになれる」という思想を広めるのは、人と人との絆である、と。
 
 この幸福観は、社会的な成功や経済的な充足等を土台とする個人主義的な幸福の発想とは全く異なります。
 他者との関係性の中にこそ幸福があるというものです。
 仏法の「縁起」思想に基づく幸福です。
 地域の繋がり、縁する人を大切にする創価学会の一人ひとりの生き方に、その幸福は息付いています。


 今、現代社会が希求する幸福は、創価学会の信心に答えがあると確信します。

「心は一緒だよ。使命は同じだよ。」

 「私は、いつも君たちと一緒に行動するわけにはいかないが、心は一緒だよ。使命は同じだよ。どうか、私に代わって、本部を守ってください。会館を守ってください。同志を守ってください。」


『新・人間革命』厳護の章


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 「生命力の強さで無事故を勝ち取る」
 
 これが、学生部本部牙城会というグループで教えてもらったことです。
 大学3年生、だいたい21歳の1年間。平日、本部の2つの会館で受付と警備を担当させて頂いた。

 「先生と同じ心で、先生と同じ方向を向いて」着任する。カッコよくいえば、こうなる。
 実際は、日々の生活に悪戦苦闘しながらの任務。小さな心に、大きなコンプレックス、しょうもない雑念もあれば、途方もない悩みもある。
 それでも、師匠のために、同志のために、無事故を勝ち取ろうと、着任までに目標を決めて戦う。
 
 みんな一生懸命だった。必死だった。
飾ろうなんて余裕はなかった。口先の戦い、表面的な繕いは見抜かれた。
そうやって戦うなかで、本当の自分が見えた。

全部、中途半端になっていた自分。
主任に思いっきり斬られた。その生命を。
助かった。それで吹っ切れた。

ロースクールの先輩にも、鋭く観てくれている年上の先輩がいる。
一緒に勉強してもらい、たくさんのアドバイスをもらった。

今まで、様々な形で数え切れない人に守ってもらって生きてきた。
僕も、大切な人を、縁する人を守る力がほしい。笑顔にする力が。
その力は、間違いなく生命力。

牙城会のバッヂの形は“G”。
「学会」の“G”、「牙城会」の“G”、そして「厳護」の“G”。
今日も厳護の唱題を!!

中部の歌:この道の歌

作詞:山本伸一
作曲:中島光治

一、
ああ我等我等の 決めた道
この道歩まん 朗らかに
不退の君と 悔いあらじ 悔いあらじ
ああ中部中部 和楽あれ

二、
ああ走れ語れよ この道で
苦難の彼方に 瑠璃の城
これぞ本陣 護れ君 護れ君
ああ中部中部 歓喜あれ

三、
ああ朝な夕なに この道を
口笛涼しく 友どちと
夜空にはずむ 語りべに 語りべに
ああ中部中部 諸天舞え
ああ中部中部 諸天舞え


※中部の歌の音源は中部創価学会公式HPから入手できます。
 リンク:中部創価学会 お役立ちコーナー

横と縦に広がる二つの生命の連鎖

 世界各地で災害が起こった時、多くの国から真心の支援や励ましの声が寄せられますが、こうした「同苦の心」「連帯の心」が、どれだけ被災者の心を明るくし、勇気づけるか計り知れません。
 「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758㌻)と叫ばれた大聖人が、「立正安国論」を通して打ち出されたのも、現実社会で苦しみに直面している人々の心に共振して、わが身を震わせつつ、人々の苦しみが取り除かれることを願い、行動しようとする人間の生き方でした。
 そして、立正安国の「国」や、「四表」の意味するところも、大聖人の御書に「一閻浮提」や「尽未来際」といった言葉が何度も記されているように、広く“世界”を包含するものであると同時に、はるか“未来”をも志向していたものだったのです。
 その二つのベクトル(方向性)を今様に表現するならば、「世界のどの地で起こる悲劇も決して看過しない生き方」であり、「将来世代に負の遺産を断じて引き継がせない生き方」だといえましょう。前者には「世界市民としての自覚」、後者には「持続可能性に基づく責任感」に通じる精神が脈打っています。
 同じ地球に生き、環境を子どもたちに引き継いでいかねばならない私たちは、この横と縦に広がる二つの生命の連鎖を意識し、行動する必要があります。


2012.1.26
第37回「SGIの日」記念提言
「生命尊厳の絆 輝く世紀を」


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 「立正安国」とは、日蓮大聖人が鎌倉時代の権力者に宛てて書いた諌暁の書である「立正安国論」の題名となった言葉で、「正(正法)を立て国を安んずる」と読みます。
 「四表」とは、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31㌻)にある「四表」、すなわち、東西南北の四方、自らの周りという意味。
 「一閻浮提」とは全世界のこと、「尽未来際」とは未来の果てに至るまでということを指します。

 
 創価学会版の日蓮大聖人の御書約1600ページには430編程のお手紙と論文が掲載されています。
 この中で、「尽未来際」は4回(「未来」は135回。ただし、必ずしも尽未来際と同義に使われているわけではありません)、「一閻浮提」はなんと90回(ほぼ同義の「閻浮提」は170回)も登場します。
 大聖人が“世界”と“未来”という横と縦に広がる2つの生命の連鎖を意識していたのは間違いありません。
 これは釈尊(ブッダ)が未来の衆生(末法の衆生)のためにも法華経を説いたこととも符合しているといえるでしょう。

 「世界市民としての自覚」も、「持続可能性に基づく責任感」も、カギになるのは教育であることは明らかです。
 関西創価学園の平和教育原点の碑には、「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」との言葉が刻まれています。これは、関西創価中学・高校の第1回入学式の祝辞の中で述べられた言葉です。
 池田先生は青年に対して幾度もこの言葉を贈っています。


 「他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない」


 まさに、横と縦の生命の連鎖を重視する仏法の根本的な理念(縁起感)を、実感の湧く現代的表現に昇華しているいえます。
 

 自他共の幸福を目指す仏法の生き方、創価学会の活動を広めていきたい!!
 
 
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