思えば、随分、忍耐した。
 しかし、晴れ渡る胸は、辛かったことなど、みな忘れ去ってしまった。
 勉学と苦痛と戦った四年間の日々——。
 目を閉じると、まぶたに浮かぶ、あの友も、この友も、皆、一生涯の同志であり、盟友である。
 僕の血管には、彼らの生命が脈々と流れ、終生、鼓動していくにちがいない。
 彼と語った人生。
 彼と喜び、抱き合った、勝利の瞬間。
 彼の決意と信念には、鉱脈のように奥深く、哲学があった。

 私は勝利者だ!
 私は幸福者だ!
 それは、英知の宮殿で励まし合った親友がいるからだ。
 勝っても負けても、肩を叩き合った。偉大な知性の大学で、何ものにも動じないで、未来を見つめた。
 私たちの眼前の現象は、揺れ動いた。しかし、その波風を受けて、幼い少年時代とは大いに異なる、高次元の世界観を身につけることができた。
 私たちは、一つの人生の闘争に勝った。
 そして今、栄光への権利と力を蓄え、一生涯の戦闘に勝ちゆく夢を見ている。
 そこには、無限の励ましの音楽が響いている。

 ◇

 天も晴れ、地も晴れたる一九七五年(昭和五十年)の、三月の二十二日—。
 その日は、私の創立した創価大学の、尽きることなき思い出の第一回卒業式であった。

 一期生の入学式の時は、私は出席してあげられなかった。
 新入生の諸君と、わずかな教職員、そして御父母の方々が入っても、会場の中央体育館はガランとしていた。
 一九七一年(昭和四十六年)の四月、当初の予定を二年早めての開学であった。
 国内には大学紛争、世界でもスチューデント・パワーの嵐が吹き荒れた直後であった。
 行き詰まった教育界に希望の暁鐘を打ち鳴らすためにも、一日も早く、創価大学をスタートさせることを決断したのである。このため、創価高校の第一回卒業生も、開学に間に合うことになった。
 なんと不思議な宿縁と使命の友か!
 伝統ある有名大学にも行けた多くの英才が、決然と、無名の創価の学府に集ってきてくれたのである。
 彼らは、「若き創立者たれ」との私の期待に応え、進んで先駆の苦闘を引き受けてくれた。
 懐かしき創大祭も、滝山祭も、クラブ活動も、全部、ゼロからの出発であった。

 ◇

 おお、我らの大学よ!
 北海道、四国、九州、そして、沖縄等の遠くからも、わが愛する母校に集まった友が多くいた。
 ある時は思索し、ある時は沈黙を裂いて叫び、またある時は、夜を駆け抜いた、深き使命のある寮生たちを、あの健気な、雄々しき寮生たちを、私は忘れることはできない。
 また私には、故郷から遠く離れて、住み慣れぬこの地で、泣きながら、自己の成長と人生の財宝を勝ち取っていった、世界の留学生の凛々しき姿も、忘れることはできない。
 夏の朝、彼らと握手しながら語り合った、あの清らかな瞳。私は、彼らの生活が平安であるよう祈る毎日であった。
 来れよ、求道の友よ!
 来れよ、向学の友よ!
 私は、「創立」という太陽に輝き、世界の青春の友と歩む自分を、皆に捧げたい。

 ◇

 君たちは、悪を爆撃し、善なる平和の草原を疾駆して、素敵な心に王冠を抱く、人生の博士になるために、学ぶのだ。
 君たちには、多くの試行錯誤があり、創造の苦悩と喜びがあったことだろう。
 創大の正面玄関前のブロンズ像を見つめつつ、そこに刻まれた「英知を磨くは何のため 君よ それを忘るるな」「労苦と使命の中にのみ
人生の価値(たから)は生まれる」との言葉を、自問自答した日々もあったにちがいない。
 君は、日々、決意した。
 ——私は、自身のありとあらゆる才能を、この地で発揮してみせる。
 金の星のごとく、自分の宝を光らせながら、銀の汗を流しながら、万書を読む、と。
 君は自分のために、人間としての勝利の証のために、生き抜く希望のために、朝な夕な、信仰もした。信仰は、心を強く、楽しくさせ、人を導き、生きる歓びを与えるからだ。

 ◇

 創価大学は、牧口先生、戸田先生が悲願とされた「人間教育の最高学府」である。
 人間をつくるのは「人間」である。真剣な生命と生命の触発なくして、真の教育はない。

 私は見た。
 歴史もいまだ浅い、創価大学の到達しゆく未来の使命を。
 私は見た。
 打算と世間体に流され、真実の人間の陶冶を忘れた学校もあるようだ、と。
 それは、真の学問ではなく、真の人間学でなく、うわべの世間学である。
 我らは価値を求める。
 人生の価値、生き抜く価値を。勝利の価値、そして、幸福の価値を。
 その本質的な探求心がみなぎる、真正の最高学府であってもらいたい。

 教訓的な声はいらない。
 私たちは、青春の限りない学問の追究が、人生を永遠にし、平和を永遠にできることを知っているからだ。
 私たちは、学究的な姿勢のなかに、砂漠を緑地に変えゆく、非常に高邁な、貴重な輝きがあることを知っている。
 英知の世界のみが、未来の世界を豊穣とさせていくにちがいない。ゆえに、弛みなき研鑽を必要とする。
 そこに希望に生き抜く、幸福の群衆の大輪が、華々しく咲いていくにちがいないからだ。
 この若き学徒の青春の瞳は輝き、花は爛漫と咲き薫る。
 この美しき二十歳の生命は、太陽に輝き、月に輝き、知性に輝く。
 その額には、大いなる学究の輝きが美しい。

 ◇

 開学から三年目の秋の、創大祭の折りであった。
 大学として、報道関係者や企業のトップクラスの方々、約七百名を御招待した。
 これまでのご支援の御礼と、着実なる教育成果を、その目で確かめていただこうという趣旨であった。
 記念の祝賀会で、私は、来校されたお一人お一人に名刺を渡しながら、ご挨拶した。
 「創立者の池田です。学生が就職活動で伺った折りには、どうか、よろしくお願いします。」
 体調は芳しくなかったが、それでも二時間近く、広い中央体育館のフロアを汗びっしょりになって歩き回った。
 尊き一期生たちは、後輩たちのために、現実社会の就職を、断じて勝ち取ってみせると敢闘した。
 厳しき社会と、厳しき就職。
 そのなかで、先輩は、尊き涙と決心の汗と真剣な力で奔走し、黄金の大道を広々と開いてくれた。
 第一期生が、全員、見事に、百パーセントの就職を勝ち取ったと聞いた時は、本当に嬉しかった。感動した。

 今や、多くの先輩たちは、世界のありとあらゆる重要な職場で活躍している。
 人生の目的のために、人生の勝利のために、彼らは奮闘する。そして、自らが旗を掲げた戦場で、全部、勝ってみせるという、怒濤の勢いが常にある。
 心のなかに燃える、創価の魂の炎は消えない。それは永遠である。
 いずこにあっても、誇りをもって戦う、先輩の誠実な姿。
 真実に、正々堂々と進みゆく、喜ばしき、あの深い姿。
 その勝ちゆく波浪の力は、未来の、何万、何十万の後輩のために、決して消えることはないだろう。

 ◇

 第一回の卒業式の式典が終わると、私は、体育館のフロアに降りて、最前列の学生たちと固く、固く手を握り合った。
 六百十三人の卒業生全員と握手する思いで・・・・・・。

 僕は覚えている。
 あの学生も、この学生も。
 二十一世紀の大空に開いた、大きな目で、私は、皆を見ている。
 炎に燃える目を開くと、永遠に続きゆく、永遠に歌いゆく、永遠に舞いゆく、壮大な朝(あした)の光彩と大気が、今日も、彼らを大きく包んでいる。
 混乱しきったこの世で、この道で、彼らの瞳は、正確に歩みゆく軌道を決して外れない。
 垢にまみれた心、荒廃の社会にあって、豪華な信念の彼らは、偽善者どもを叩き、正している。
 彼らの人生は、快楽よりも、崇高な感謝に光っている。

 ◇

 「学校は、学生で決まる」とは、わが師・戸田先生の不滅の言であった。
 学生、特に卒業生の活躍がどうか。一般の社会の評価も、それが勝負である。
 第一回の卒業式から、今年で満二十五年となった。
 本年の卒業生を加え、雄飛の友は、通信教育部も含めて四万人に近い。さらに、創価女子短期大学の卒業生を加えれば、実に四万五千人となる。

 ◇

 わが校の主導権は、使命と誇りをもちたる学生にあり!
 彼らは、多極化の方向のなかにあって、名実共に、学術と文化の理想的な要塞を築いてくれている。
 そして、人生の勝利と社会の繁栄を構築せんと、わが生命の城をば、勉学の砦をもって、営々と築いている。

 批判がなんだ!
 それは、我らの正義の実在を妬んでいる証明だ。
 嫉妬がなんだ!
 それは、我らの雄々しき人格に対する羨望の下劣な炎だ。
 迫害がなんだ!
 歴史上、正義と真理のために戦う人は、必ず、その尊厳を証明するための嵐がつきものだ。
 何も恐れない!
 それは、我らの名誉であり、光耀(こうよう)であり、勝者の証なのである。
 低劣にして、売名の非難など歯牙にもかけない。
 それらは、壮大なる勝利の歓声と凱歌に包まれゆく、我らの大道の片隅に生えた、雑草に過ぎない。
 卑劣な誹謗など、智恵の賢者は、信念の長者は、軽蔑して見向きもせず、悠然と前に進む。
 我らの行進は常に、学問と哲学の、栄光と勝利の城に向かって、厳然と進んでいるのだ。

 古今東西を通して、迫害されずして、偉人になった人物は、歴史上、一人もいない。
 中傷批判を受けずして、大成功者になった人物はいない。
 嫉妬の炎と憎悪の炎に侵されなかった、大成功者もいなかったにちがいない。
 正義は、迫害に遭ってこそ、正義である。迫害のなきは、正義の戦いをしていなかった証拠である。
 成功者は、苦難の嵐に遭ってこそ、真の崩れざる成功者である。疾風と怒濤を乗り越えてこそ、名誉ある勝者の顔(かんばせ)は明るい。

 君たちよ!
 偉大なる人間になるために、深く強き勝利者になるために、中傷の寒風に向かって、険しき山を、一つまた一つと、胸をはり、勝ち越え給え!
 その彼方には、永遠に広がる、人間の勝利の歴史の宮殿が待っている。
 それは、三世に崩れざる黄金不滅の魂の殿堂である。

 ◇

 近世、世界の動向は、常に学生が指揮をとってきた。
 邪悪な権力に対し、戦争の軍事力に対し、陰謀と欺瞞の強権に対し、不正と狡猾な学者に対し、常に勇気ある民衆の先頭に立って、戦ってきたのは、学生であった。
 勇敢なるスクラムを組み、革新の道を開き、新世紀の夜明けを迎えむと、暗き闇の時代を打破しゆく、社会革命の先陣を切ったのも、学生であった。常に、学徒であった。
 正しき力と真実の善の求心力と、スクラムの君たちの前進に、私は人間の魂の宝冠よ、いざや輝きゆけと叫びたい。

 創価の学徒よ、断じて、人生と社会の勝利者たれ!
 そして、妙なる生命の音楽を奏でつつ、万人が待っている、無限の文化の世界を築け!
 君たちよ、堂々たる不敗の生命と希望の王者たれ!
 吹きすさぶ狂気の風の中で、君の魂は、常に大勝利の大空に翔び上がりゆけ!

 「学ばずは卑し」という古人の言葉を、私は今もって、座右の銘としている。
 私は、来る日も来る日も、君たちの英知輝く無限の暁の光を見つめている。


2000.3.20
随筆 新・人間革命136
創価大学の第一回卒業式