「物たねと申すもの一つなれども植えぬれば多くとなり」(御書971㌻)と日蓮大聖人は仰せである。
 「世界に平和の種を!」と誓い合った、わがSGIの出発は、小さな小さな集いであった。しかし、師弟一体の勇気と忍耐で植え続けた「種」は、妙法の慈雨を受けて生い茂り、今や、壮大な人材の「森」となって広がっている。
 ともかく、種を蒔くことだ。自らが種となって、乾いた大地に飛び込むことだ。手を打ち続ける以外に、広宣流布の前進はない。

〈中略〉

 それは、私が二十七歳、一九九五年(昭和三十年)の一月二十六日のことであった。夕刻、急きょ恩師・戸田先生に呼ばれ、隼のようにご自宅に馳せ参じた。
 次代の学会の飛躍を期す重要なご指導を賜った夜、私は日記にこう記した。
 「真に生命を賭した時、悠然たる力が湧く」
 「不惜身命」で祈り戦ってこそ、沸々と現れる力と智慧がある。その満々たる大信力と大行力をもって、初めて破れる壁がある。
 その師弟不二の「法華経の兵法」をもって、私は、一切の戦いに勝ってきた。
 「平和の世紀」「生命の世紀」「人道の世紀」「民衆の世紀」を開くために!
 仏法は、「末法万年尽未来際」と説く。平和と幸福に輝く地球の未来を築きゆく、創価の「青年の時代」が、いよいよ開幕した!
 恩師は言われた。
 「青年ならば、全世界の運命の中に自分を置いて、発想し、行動するのだ」
 青年よ!若人たちよ!
 私は、君たちに燦然たる世界広布の大道を開き、広げてきた。
 その光輝満つる使命の道を、朗らかに堂々と歩み進んでくれたまえ!

人類の
太陽なりせば
不滅なる
世界広布の
創価の友かな


2009.1.25
随筆 人間世紀の光 179
平和の連帯「SGI」