最後に、パブリック・スクールの最名門校とされるイートン校を出た、あるイギリス首相の言葉を紹介したい。
 「のちの人生で、どんなに成功しようと、どんな満足や大望が達せられようと、どんな勝利が得られようと、あのイートン校の第六学年の生徒だった昔ほど、人は偉大にはなれない」――。
 社会的成功や勝利は、華やかに見えるかもしれない。地道な忍耐の「学びの時代」は、つまらないように思えるかもしれない。しかし、そうではない、と。
 むしろ、この「学びの庭」にこそ、偉大なる光があった。偉大なる可能性があり、希望があり、偉大なる魂の力があった。生命の輝きがあった。瞳が理想に燃えていた。「人間」として美しく崇高であった――。
 “結果”は大事である。しかし、そこへ向かう“プロセス(過程)”は、ある意味で、結果以上に大切である。
 その人が何をしようとしているのか。何を願い、目指し、どう未来へと生きているのか。その“因”としての姿にこそ、何ものにもかえがたい人生の躍動がある。その人の「人間として」の精髄がある。
 その意味で、大いなる希望に生きる「青年」は、いわゆる成功者よりも、いかなる権力者や富豪よりも、優れた宝をもっている。
 皆さんもまた、「あの、わが学園時代ほど、人は偉大には生きられない」と言い切れる、誇り高き三年間、また六年間を勝ち取っていただきたい。
  そして偉大なる先輩に続き、偉大なる後輩のために、偉大なる「人格」と「英知」を鍛えゆく日々であってほしいと念願し、晴れの日の、祝福のスピーチとしたい。


『創立者とともに』VOL.1
1991.4.8
創価中学・高校第24回、関西創価中学・高校第19回入学式


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 ロースクール生活、「あんときほどは偉大には生きられない」って言い切れるようにしたい。
  
 うん。

 
 する!!!