京都の「紅の秋」

 「燃えて生きよ」と告げていた。
 「ひた紅に生きてみよ」と歌っていた。
 華よりも華やかに、金襴の錦よりも豪奢に、京の秋色(しゅうしょく)は、柔らかな炎を噴あげていた。
 光の具合によって紅葉(もみじ)の枝に、金、銀、瑠璃、玻璃(はり)、瑪瑙(めのう)、珊瑚、赤真珠。七宝の輝きが、全部見えた。

 秋の京都は、久しぶりだった。
 昭和六十一年の十一月。京都の青年平和文化祭に出席するためである。
 文化祭の日の午前、友のすすめで、洛北の錦秋の庭を、しばし歩いた。
 天を衝く北山杉や、苔むした庭石の緑の上にも、落葉の緋色が鏤(ちりば)められている。紅葉(もみじ)を透かして見る空は、一足ごとに万華鏡のように変化し、青空は小さな無数の青の花びらとなって、赤の舞踏と戯れていた。

 「春は桜、秋は紅葉(もみじ)」
 自然を友に暮らした王朝人は、心まで、その色に染めなして生きた。
 光源氏の君の、あの絶唱。
 運命の人・藤壺の中宮を喪った時、彼は底なき悲しみを古歌に託した。
 「深草の野べの桜し心あらば
   今年ばかりは墨染に咲け」
 野べの桜よ、心あらば、この春ばかりは喪の色に咲け、わが心の色に染まりて咲け。
 紅葉もまた、心を映して咲いた。
 あるときは人生の慶事に纏う紅衣(ころも)となり、交歓の宴の帳となり、平穏な温もりの灯(ひ)ともなった。
 またあるときは修羅の雷火の色となり、鬼女の紅涙ともなり、身を焼く愛染(あいぜん)の焔となった。
 何より、王朝文化の華麗の底には、死を見つめ、人生の無常を見つめる仏教哲学の根があった。
 「死を見つめてこそ、生は輝く」。秋の紅葉(もみじ)は、その象徴であった。

 紅葉(こうよう)は、葉の熟年であり、老年と言える。
 「もみじ」は、本来「もみづ」(もみいづる)という動詞だという。秋の風や時雨が、ひと葉ひと葉の中から、それぞれの色を「揉み出して」いく。人も年齢とともに、よきにつけ悪しきにつけ、心の底のものが表に出てくるように。
 秋が暮れると、葉の中の葉緑素は壊れて、緑は消える。すると、緑は消える。すると、緑に隠れて見えなかった黄色の色素が表に出てくる。これが黄金(きん)の葉となる。
 紅い色素は、葉の中の糖分が変化したもの。日光による光合成でできた糖だ。いわば「自分の体に貯えた太陽」を燃やしているのが紅葉(こうよう)なのである。
 蛍が、わが命の中の光を振り絞り、吐き出し尽くして、逝くように――。
 秋という蒔絵を彩る木の葉の朱も金箔も、生涯の最終章を飾る渾身の光だ。
 千葉(せんよう)が舞い、万葉が謡う、生の最後の祭りなのだ。

 紅葉(もみじ)は、自らの姿で語っている。
 「人よ、あなたよ、炎(も)えて生きよ。死ぬほど生きよ。ひた紅に生きてみよ。
 生命に貯えた人生の春を燃やし、夏を燃やし、悩みを燃やし、惑いも焼き切り、希望を燃やし、全知全能を燃やし尽くして、生きてみよ。
 いのちある限り、前へ前へ、年とともに、いよいよ華やげ。最後の最後のその日まで、鮮烈に、前のめりに、死を焼き滅ぼすくらいに激しく生きよ。
 その炎が、古き後悔も傷も、過ちさえも浄化する。その聖火こそが、次の世までも照らしゆく光となる。夕焼けの荘厳が、明日の晴天を約束するように」と。
 紅葉(もみじ)は、木々の夕映えなのだ。

 庭を行くと、池にも、遣水(やりみず)にも、楓(かえで)が散り掛っていた。
 色葉匂えど、ちりぬるを。
 水を染めて浮かぶ紅。水の底に沈む紅。水に影を映す紅。三重(さんじゅう)の絵重(えがさ)ねが、流れに揺れては砕けた。
 身を一部、朽ちさせた葉もあった。しかし、病めるとも、負けずに燃えていた。
 病は死とは違う。病は生の一部なのだ。だから人生、病む日もある。病と心と、どっちが勝つかの競争だ。がんの告知をされて、ある女性は宣言した。「私の本当の人生が、きょう始まりました」と。

 私は思う。苦しみを耐え抜き、乗り越え、格好わるく、もがきながらも、気取りも、小さなプライドも捨てて、すさまじく命を燃やし切る。そこにこそ人間の尊厳があり、喝采を贈るべき勝利があると。
 ある葬儀。遺族は「父は一生を立派に戦い、逝きました。きょうは晴れの門出です」と、涙の万歳三唱で送り出した。
 ある欧州の青年は、ファシズムと戦い、牢獄での拷問にも耐え抜いて死んだ。人目を避けた、近しい人だけのわびしい埋葬。捧げる花もない。荒れ野の片すみに彼を埋める瞬間、一人が思わず拍手を鳴らした。皆が、「そうだ、友よ聞け」。彼の美しき人生に熱い拍手を捧げ続けた。
 見上げると、楓も掌(てのひら)の形をしている。燃え尽きた一葉(いちよう)が枝を出発(たびだ)つ時、見送る仲間は喝采を贈るかのように、風に、さんざめくのだろうか。

 庭にいたのは二十分ばかりか。
 御礼を言って立ち去ると、やがて雨が降り始めた。雨もまた良い。
 冷たい時雨に降られるたびに、紅葉(こうよう)は、いよいよ華やかに、いよいよ深き色に染まるからだ。
 京の染色が、染汁(そめじる)に何度もつけて、紅を八入(やしお)に染めていくように。

 夕には青年文化祭。古都に、新しい力が燃えていた。
 「この炎を、君よ生涯」と祈らずにいられなかった。
 楓は「心は変えで」の樹とも詠まれた。誓いを深く胸に染め、「変わらぬ心」の象徴でもあったのだ。
 無常の人生だからこそ、「変わらぬ心」で、ひた紅に生きる。そこに京都の美の心があり、日本の美の真髄があろうか。その心を今、だれよりも真実に生きているのが、わが友であると信ずる。
 人々の幸福のために、身の平安もかえりみず、軽侮(けいぶ)の時雨にも耐え、そしりの霜にも耐え、誇り高く燃えて生きてきた、あなたたち。
 ただひたすらに「きょうもまた、あすもまた」と。「きょうもまた、あすもまた」と。
 その真紅の人間絵巻こそ、いかなる紅林(こうりん)にもまさる絢爛の錦である。


1999.11.28
池田名誉会長の写真紀行 光は詩う
第8回 京都の「紅の秋」