広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

『青春対話』

『青春対話』 冒頭

 こちらこそ、よろしく。私も全力をあげます。本当のことを若い世代に語っておきたい。語り残しておきたい。
 それはなぜか。もはや私の願いは、二十一世紀の本当の指導者を育てる以外にないからです。世界のため、人類のため、広宣流布のため、平和のためには、真実の人間指導者をつくる以外に道はないし、それを全世界が待望しているんです。また、これが私の最大の喜びです。
 かつて戸田先生がいわれていた。「道を求めている純粋な青年たちに会うのが一番楽しい」と。私も同じです。今の高等部、未来部の世代が大切です。
 二十一世紀、人類の最も大事な世紀に活躍する君たちに、私は最大に期待したい。勝利を祈りたい。君たちの成長と活躍が、すなわち広宣流布であるからです。
 ともあれ私は、高校生を決して子ども扱いしたくない。一個の立派な大人として、人格として尊敬しています。紳士とも思い、淑女とも思っています。
 だから、ありのままに、率直に語っていきます。今すぐに全部わからなくてもいい。納得できること、できないこと、両方あるかもしれない。それはそれでいい。自分のために“何か”をくみとってくれればいい。
 
 ただ私は愛する諸君に、ともかく「悔いなき青春を」を送ってもらいたい。大切な、一生の土台である十代に、悔いを残してはいけない。
 自分なりに、自分らしく、何でもいいから、自分はこれだけやった、という満足感をもってもらいたい。掃除でもクラブでも、ボランティアでも、何かやった、何か頑張った。そこで「あいつは、どこか違うな」「あいつは偉いな」と言われる存在になってもらいたい。


『青春対話』


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 大好きな、何度も何度も読んでいる『青春対話』です。
 この冒頭の一節、忘れられません。
 
 「あいつは、どこか違うな」「あいつは偉いな」と言われる存在になってもらいたい。

 このお言葉は、当時中学生だった僕の胸に、深く深く突き刺さりました。
 その後、中学時代は先生の言われたことは、読書と日記をつけることくらいしか胸を張れませんが、それでも、高校・大学・大学院と、常にこのお言葉が僕の一つの目標でした。
 牧口先生のお言葉に「いてもらいたいと言われる人になれ。その極限が仏である」というのがあります。
 青春対話の2つの言葉も、突き詰めていけばそうなるのではないかと思います。
 
 ともあれ、弁護士になって、職場で、地域で、日本で、世界で、「あいつは、どこか違うな」「あいつは偉いな」と言われる存在になって、池田先生の正義を証明し、先生の偉大さを宣揚していきます!!

失恋がなんですか。

 失恋がなんですか。“こんなことでつぶれてしまう弱い自分じゃないよ”と自分を励ますのです。
 今は、その人が“世界で一番”のように思えるかもしれないが、これから出会う百人の中でも一番か。千人の人と比べても一番か、一万人の中でも一番かというと、そうは言いきれないでしょう。また、自分がどんどん成長していけば、人間を見る目も変わってくるものです。
 失恋した人もいるでしょう。また、傷ついて、「もう自分はダメなんだ」と思っている人もいるかもしれない。けれども、絶対に、自分はダメだなどと思ってはいけない。宇宙全体の宝を集めたよりも、かけがえのないあなたなんです。たとえ、今、どんな境遇にあったとしても、私は皆さんを、かけがえのない“息子”であり、“娘”であると信じている。必ず立ち上がってくると待っている。
 強くなるんです。強くなれば、悲しみさえも栄養になる。苦悩が自分を清めてくれる。自分が押しつぶされそうな苦しみの底の底で、はじめて人生と生命の真髄が心にしみ通ってくるのです。だから、苦しんだからこそ生きなければならない。前へ前へ進むんです。
 悲しみを糧にして、もっと大きな自分になればいい。もっと素敵な自分になればいい。苦しんだあなただからこそ、そうなれるんです。顔を上げるんです。自分は一生懸命、生きたんだから、本当は「勝利者」なんです。沈みこんで、変な方向に行っちゃいけない。

〈中略〉

 苦しみにつけ、悲しみにつけ、ありのままの思いを祈りに込めて唱題していけば、自然のうちに一番いい方向にいくものです。


『青春対話』

素晴らしい恋愛

 素晴らしい恋愛は、実は、誠実で成熟した「自立した個人」と「自立した個人」の間にしか生まれない。自分を磨くことが大切なのです。

〈中略〉

 相手に媚びて、恋愛するのは惨めだ。それは、あなたの思いやりでも、心の深さでも、愛情でもない。自分の望まない“つき合い”をするくらいなら、嫌われたほうがいい――それくらいの毅然たる自分であっていい。
 本当の愛情は、もたれ合いではない。確固とした「自立の個人」の間にしか生まれないのです。
 浅く安っぽい人間には、安っぽい恋愛しかできない。本当の恋愛をするなら、本気で自分をつくるのです。それは、相手に合わせることでも、見栄をはったり、表面をとりつくろうことでもない。
 また愛情があれば、相手の望まないことを無理強いするはずもないし、責任の取れない無責任な冒険をすることはないはずだ。
 その意味でも私は、男性はナイト(騎士)の精神で女性に接してほしいと思う。女性を尊敬し、大切に守っていく姿勢を忘れてはいけない。女性に甘えるのではなく、ある面では“父親”のような慈愛の眼をもつというか、相手の一生の幸福を第一に考えてこそ真の男性であり、真の愛情です。
 自分が親となり、娘をもてば、どんな気持ちがするか。その娘が恋愛をしたら、相手の男性にどんな態度をとってもらいたいか――そういう父親の気持ちがわからないようでは、人を愛する資格はないのではないだろうか。

〈中略〉

 ともあれ、今、どんな楽しいように見えても、また自分はどんなに真剣のつもりでも、成長の軌道を外れては遊びとなってしまう。遊びは、どこまでいっても遊びである。どんな大きな数字でも、ゼロをかければ、結局はゼロになってしまう。そのようなつき合いは悲しい。


『青春対話』

自分を磨いた分だけ

 世界には、苦しんでいる人たちがたくさんいる。皆さんの活躍を待っている。皆さんには皆さんにしかできない使命がある。使命を忘れ、自分の楽しみだけを追い求めるのはエゴイストです。エゴイストに、本当に人を愛する恋愛ができるだろうか。また反対に、本当に一人の人を愛すれば、その人を通して、人間全体を愛する自分へと拡大していくものです。もっと強く、もっと高く、もっと深い自分になるのです。恋愛も結局は、その人にふさわしい恋愛しかできない。友情も同じです。今、自分を磨いた分だけ、将来、素晴らしい“心の絆”をつくれるのです。


『青春対話』

「自分を十分に生かす」

 「青春時代」「社会に出る時代」「結婚する時代」等と、人生には時代がある。その時代を、一歩一歩進んでいくのが道理です。
 ほとんどの恋愛は、後になれば、幻のようなものです。しかし、勉強は幻ではない。勉強の炎を消してはいけない。無軌道になってはいけない。軌道の人生を生きなさい。
 家も、土台をいいかげんにつくっては使いものにならない。米も、研がないで炊いてはまずい。手を抜いた分、後の結果は明らかです。まだ社会で生活もできないのに、大人ぶるのは愚かなことです。
 今、やるべきことをやり切っている。そう頑張っているあなたであってこそ、将来の素晴らしいドラマにふさわしい自分をつくれるのではないだろうか。
 せっかく将来開花しようとしている大切な“芽”を、つんではいけない。恋愛だけになると、自分で自分の可能性をつんでしまう人が、あまりにも多い。

〈中略〉

 日常生活は地味です。平凡です。毎日の努力は苦しいし、楽しいことばかりあるはずもない。それに比べると、恋愛には“ときめき”があり、ドラマがあるように思える。自分が小説の主人公になったような気がする。
 しかし、「おもしろくないから」といって、歩むべき軌道を外れて、恋愛に飛び込んでも、それは逃避です。夢を見ているようなものだ。夢は、見ている時は本当だと思っている。
 しかし、恋愛に逃避しても、実際には、楽しいことばかり続くはずがない。むしろ、だんだん苦しいこと、悲しいことが増えてくる。どんなに逃げても、自分からは逃げられないからです。弱い自分のままでは、どこまで行っても、苦しみしかない。自分で自分を変えないで、喜びはないのです。
 幸福は、だれかが与えてくれるものではない。恋人が与えてくれるのではない。自分が自分で幸福になっていくのです。
 そのためには、自分を大きく育てるしかない。「自分を十分に生かす」しかない。自分の成長や可能性を犠牲にして、恋愛をしても絶対に幸福はない。「自分を十分に生かす」ことによって得られる幸福こそ本物です。
 十代のころは、まだ視野も狭く、自分を本当に生かす道を見つけていない。だから恋愛が最高のように思ってしまう。しかし人生は恋愛だけではないのです。
 女性の本当の幸福は四十代からが勝負です。
 第一、何かから逃避するような恋愛では、相手に対しても、自分に対しても失礼でしょう。あせってほしくない。若いのです。今は自分をうんと素晴らしい人間に磨くことです。


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