広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

リーダー

良き先輩、良き同志

 特に彼が、深い信頼と尊敬を寄せたのが、学生部の部長であった。
 この部長から、彼は、広宣流布を担う強い責任感を、信心への確信を、同志を思いやる心の大切さを学んでいった。
 彼は、部長の「Ⅰさん」について、こう日記に記している。
 「Ⅰさんの顔を見るのが楽しい。絶対に安心してついていける人だ。私はこの人を知ったことにより、私の人間革命は大いに駒を進めた」
 人間が精神を磨き鍛えて、成長していくには、触発が不可欠である。それには、良き先輩、良き同志が必要である。ゆえに、学会という善の組織が大切なのである。


『新・人間革命』前進の章


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先月、大好きな八王子から、大好きになるであろうここ浦安に引っ越してきました。
今まさに、この先生の御指導がよくわかりました。
学生部のときにも、そんな出会いがありましたが、やはり少し遠い気がしていました。
男子部になり、引っ越してきた先の部長さんは、「絶対に安心してついていける人だ」と感じました。

昨日は男子部の部活に参加し、今日は妻と地区の四者の唱題会に参加したあと、さらに県のヤング男子部の唱題会に参加することができました。両方とも初めての会合でしたが、たぶんずっと参加することになると思います。
ほんっとーに楽しくて、心の底から笑えて、生命力がドバーっと湧き上がってきました。

おかげで久しぶりに級友と電話で話せたり、メールで連絡を取れたりできました。


祈りってすごい。みんなで祈るって本当にすごい。
一人で悶々としてても、何も始まらない。会うことで、集うことで、それだけで歯車が回転し始めるんですよね。
善の連帯、学会って組織のすごさ、意味を妻と二人で噛みしめた一日になりました!

全部勝っていきたい!そう思えるようになりました!!!

すべては、そこに尽きていた。

 新設された各支部の幹部の多くは、中心幹部として何を第一に考え、いかに活動すべきであるかが、よくわからなかったといってよい。しかし、行く先々での山本伸一の振る舞いが、それを明確に教えていた。

 同志を、会員を守り、励ます――すべては、そこに尽きていた。


『新・人間革命』勇舞の章


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 みなさんの生きる目的はなんですか?


 僕は、人に励ましを贈ること、そうして僕も相手も笑顔になることだと決めています。
 創価学会員として、池田先生の弟子として生きるなかで、こう生きようと決めました。

 僕にとっての幸せは、人に励ましを贈り、自分も相手も笑顔になること。
 僕にとっての平和は、皆が励ましを贈り、皆が笑顔になること。

 
 創価学会の幹部、リーダーの使命は、様々あると思いますが、「守り、励ます」に尽きるという先生のご指導。
 守り、励ますために、祈り、行動する。

 絶対に忘れずに生きていきます!!

「広宣流布」は、一人の「人間革命」から

 六十年前、「二月闘争」は、なぜ勝利できたのか。
 それは、目の前の一人を徹して誠実に励ましてきたことに尽きる。
 「広宣流布」は、一人の「人間革命」から始まる。
 決意した一人が、一人を立たせる。その一人が、さらにまた、もう一人を奮い立たせていく。勇気は勇気を呼ぶ。この「一対一」の決意の連鎖こそが、拡大の鉄則である。
 ゆえに、「誓いの一人」を多くつくっていくことが、爆発的な広布伸展の必要条件なのだ。
 戸田先生と同じ二月十一日生まれの発明王エジソンは語った。
 「あらゆるものには輝くダイヤが隠されている。磨けば光る」と。
 全員がダイヤの如き尊い人材である。同士は皆、信心の偉大さを証明する使命を持っているのだ。どれほど大切な方々か。
 そう思えば、最前線で苦労している皆様を励まさずにいられなかった。
 どうすれば皆が元気に戦えるか、思う存分に実力を発揮できるか、私は真剣に祈り、知恵を絞った。
 当時の蒲田の支部幹部では、私が一番若かった。人を集めて偉ぶって指導しても、誰が信用するか。自分が足を運び、顔を合わせ、寒風の中を一緒に歩く以外にない。


2012.2.8
随筆 われらの勝利の大道 68
新時代の二月闘争㊦


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 折伏した友人が今年、男子部で創価班大学校に入団しました。
 ほんとにほんとにうれしいです。
 彼が任用試験合格のときも、すごくうれしかったけど、今回のうれしさはまた格別でした。

 形式的に入団したこともうれしかったんですが、さらにうれしさ爆発だったのは、方面の入卒式で聞いた体験発表、活動報告がとても心に入ったらしく、彼が燃えていることです。
 
 
 僕も、燃えます!
 もう1度、燃えます!!
 

広宣流布の前進

 仏法が焦点とするのは、あくまでも一人の「人間革命」である。
 一人、真剣に広宣流布の戦いを起こす人がいれば、一切がダイナミックに変わり始める。
 だから、どんなに地道であっても、最前線の一人を励まし抜くのだ。人と人との距離が近ければ近いほど、共感も、歓喜も、勇気も、いち早く波動となって広がっていく。そして心の奥深くにまで響いていくのである。
 広宣流布の前進は、人と会い、人と語りゆく行動のなかにしかない。


2008.10.24付
随筆 人間世紀の光169


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 「広宣流布」を口にする人は少なくない。

 「広宣流布」を語る人は少ない。

 「広宣流布」に徹する人になりたい。


 学部時代、勉強やサークル活動等、「何でも広宣流布につながる」という人が何人もいました。
 たしかに、そういえる面もあるかもしれない。なぜなら、広宣流布は、社会のあらゆる領域で仏法を持つ人々が人間革命しつつ、進めていくものだと考えるからです。
 しかし、折伏が広宣流布の本質的な要素であることは間違いない。それは、「広く宣べ、流布する」対象が御本尊であり、題目であることから明らかです。

 では、折伏以外の行動は「何でも広宣流布につながる」のかどうか。
 僕は、当たり前ですが、「一念」に着目したい。特に、その行動が「何のためか」という点です。
 単に自己の欲望を満たすための行動が広宣流布につながるはずもない。「自己実現」などという言葉に言い換えてみても、それは変わらない。

(マズローのいう理想的な善の人格形成といった意味を含む本来の「自己実現」を指していない。その場合は「人間革命」の理念と類似する。ただ、現在のマスコミ等で使われる「自己実現」は「自分の夢を実現すること」ないし「満足できる自分自身になること」といったニュアンスで使われていると感じている。)

 何のための「行動」か、何のための「自己実現」か。
 それが、「自身の幸福のためだけ」であれば、広宣流布へはつながらない。
 
 「自他共の幸福のため」

 「広宣流布のため」

 「人間革命のため」

 その一念に立って、行動するとき、「何でも広宣流布につながる」。


 その一念は、朝晩の勤行・唱題の中で生まれ、勇気となり、智慧となり、慈悲となって、現実の行動――なかんずく人との対話が生まれる。広宣流布の前進となる。
 そうして行動する中で、広宣流布への一念は、確固たる誓願に昇華されていくと思います。
 

「きっと変えられる」

「勇気づける名人」

 サンティアゴ博士が、《力による支配》に敏感なのは、理由がある。
 「私が生まれ育ったプエルトリコは、ずっと他国に植民地化され、従属を強いられてきました。かつてはスペインが支配し、後にアメリカが来て支配しました。政治的にも、宗教的にも、常に誰かに従うことを強いられ、私の人生の先には自由も開放もないように見えたのです」
 自分の人生、自分たちの社会の未来を、自分で決められないという閉塞感!
 「そんな時に、良師に出あい、私の人生は変わりました。心理学のカルロス•アルビズ博士(カルロス•アルビズ大学創立者)です。私は十八歳でした。尊敬できる素晴らしい師にめぐり会い、スポンジのようにあらゆることを吸収して学んだものです」
 アルビズ先生は、どんか人だったのだろうか? 
 博士によると、あふれんばかりの愛情をもち「人を勇気づける」名人であられたようだ。具体的には?
なにより先生は〈人の話をすすんで聴く〉人であった。ただ頑張れと言う以上に、話を聴くことこそが相手への敬意である。
 「博士はよく学生を自宅に招待してくれました。そういうことをする人は当時、まれでした。『あなたのことを教えてください』と、学生たちの話を熱心に聴いてくれるのです。ある土曜の晩など、夜中の三時まで、さまざまなことを語り合ってくださいました。忘れられません」

力に頼ると、心が鈍感に

 勇気づける――これこそ指導者の根本条件であろう。
 たとえば職場。
 部下を命令だけで動かそうとすれば、部下の体は従っても、心は従わず、動きは悪くなる。それを見て「彼は、やる気がない。自発性がない」などと決めつける上司がいる。部下の自発性を抑圧しているのは自分なのだと気づかない。
 「力」に頼った分だけ「心」は痩せて鈍感になるのだろうか。
 その反対に、こんな上司もいる。客とトラブルになり、おそるおそる失敗を上司に報告した。怒られるかと思ったら、「そうか!私の出番だな!まかせとけ!」。部下が上司を尊敬し、勇んで働いたことは言うまでもない。
 みなに敬意を払い、勇気を贈ったほうが、うまくいくのだ。職場も、家庭も。国も、世界も。
 そして、勇気を贈る一番のものは〈感謝〉ではないだろうか。「あなたがいてくれてよかった」「あなたのおかげで助かったよ」と。自分が必要とされているという実感が、人を元気づける。
 アメリカ創価学会のジョモ・ソーン男子部長も、ビートリス・ロペス女子部長も、プエルトリコに故郷(ふるさと)をもつ。
 ロペス女子部長のお母さんは十三歳の時、お父さんとともにプエルトリコからニューヨークに来た。しかし、父の暴力癖のため、同居できず、きょうだいは、ばらばらに引き取られることになった。少女はカトリックの尼僧のもとに居候し、学校に通った。スペイン語しか話せないため、居候の場でも、学校でも、孤独だった。なにもかもが、みじめだった。島に飛んで帰りたかった。泣きながら、島に残るお母さんに電話した。病床にあったお母さんは、そのたびに「あなたは大丈夫よ。素晴らしい子よ。あなたが私の誇りなのよ」と言ってくれた。
 私が頑張っていることが、お母さんの支えになっているんだ!
 生きる力がわいてきた。
 母に必要とされ、感謝されたことが彼女を救ったのである。
 母の「ありがとう」に「ありがとう」――彼女は今、晴れ晴れと勝利の人生を歩んでおられる。

「感謝」から「幸福」が

 ありがとうは〈奇跡の言葉〉である。口に出せば、元気が出る。耳に入れば、勇気がわく。
 私自身、毎日、朝から晩まで「ありがとう」「ありがとう」と言い続けている。
 外国に行った時も、「ありがとう」の言葉だけは現地の言葉で伝えることにしている。「サンキュー」「メルシー」「ダンケ」「グラシアス」「スパシーバ」「謝謝(シェシェ)」。それを、心を込めて、きちっと相手の目を見て言っているつもりである。
 「ありがとう」を言うとき、聞くとき、人は心のよろいを脱ぎ捨てる。人と人とが深いところで通い合える。
 「ありがとう」が非暴力の真髄なのである。
 「ありがとう」の中には、相手への敬意がある。謙虚さがある。人生に対する大いなる肯定がある。前向きの楽観主義がある。強さがある。「ありがとう」と素直に言える心は健康である。だから「ありがとう」を言うたびに、あなたの心は光ってくる。体にも生命力がわく。
 サンティアゴ博士が師匠に捧げる感謝の熱さに、私は感銘した。
 自分が、どんなにたくさんの人やものに支えられて生きているか――ありがたいと思う、その自覚が、感激が、その喜びが、さらに幸せを呼ぶ。
 〈幸せだから感謝する〉以上に〈感謝するから幸せになる〉のである。
 「祈り」も感謝しながらの祈りこそが、最も大宇宙のリズムと合致し、人生を好転させていく。
 「ありがとう」と言えない時、人の成長は止まっている、成長している時、人は他人のすごさが見えるからだ。成長が止まると、人の欠点ばかりが目につくからだ。
 家庭でも「こうあってほしい」「こうあるべきだ」と、自分の思い通りの妻や子供に変えようとしないで、まず「ありがとう」と言ってはどうだろう。
 ある婦人は晩年、病んで、家族の名前さえ思い出せなくなった。しかし、医師が「人生で一番幸せだったのはいつ?」と聞くと、はっきり答えた。「娘が生まれた時です……うれしかった!」。それを聞いた娘さんの眼から、涙がどっと、ほとばしった。
 「ありがとう、お母さん。その一言で十分です」
 そして自分の子供をいつも叱ってばかりいたことを反省した。「そうだ、この子が生まれた時、生まれてくれたことだけで私は幸せだった!」
 それなのに、いつか自分の中の「理想の子ども」に、この子を合わせようとしていた。百点の理想像と比べての減点主義。いつも「ここが足りない。あれがもうちょっと」「どうして、こんなことができないの!」。
 そんなお母さんだったのに、子どもは一生懸命、こたえようとしてくれた。優しくしてくれた。ありがとう。本当は、あなたが生きていてくれるだけで、お母さんは幸せ。あなたはそこにいるだけで、お母さんを幸せにしてくれている。ありがとう。
 ――彼女は新しい目で子どもを見た。すると「ありがとう」「うれしい」の材料には、こと欠かなかった。
 朝、ぎりぎりだけど起こせば起きる。それが実は「すごいことなんだ」と感動した。ご飯も好ききらいはあるけれど、成績も良いとは言えないけれど、「今日も学校に行ってくれて、ありがとう」「今日も笑顔を、ありがとう」。
 何もなくても「いつも、ありがとう」。「無事の一日」にありがとう。「当たり前」を「当たり前」と思う心は傲慢だと気がついたのである。
 病を宣告されてはじめて、今まで健康を「当たり前」と思い、少しも感謝していなかったと気づいた人もいる。
 だからたまには、しっかりと目を見て「お父さん、いつもありがとう」と言ってみてはどうだろう。お父さんも黙って食べていないで、奥さんに「いつも、ありがとう」と言ってみてはどうだろう。照れくさくても言ってみれば、そこから何かが変わっていく。

「きっと変えられる」

 「人生の道に立ちはだかる壁を乗り越えるには、『必ず勝てる』という楽観主義が必要です。そして楽観的になるためには、楽観的な人たちと交流することです!」
 サンティアゴ博士からの励ましである。
 私たちには仏法の楽観主義に生きる多くの友がいる。だから、きっと変えられる。自分を変えられる。一家を変えられる。職場を変えられる。地域を変えられる。社会と世界を変えられる。
 変革の夢は、あきらめなくていいのだ。

2004.5.29
人生は素晴らしい(抜粋)


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※サンティアゴ・ネグロン博士はアメリカの自治領であるプエルトリコの学者。

 大学に入りたてのころ、国連研究会の1つ上の先輩から、この切り抜きを渡されたことが懐かしい。
 整理していると、偶然その切り抜きのコピーが現れました。

 その先輩からは、たくさんの期待と、たくさんの励ましをもらいました。

「『自分が苦しいときに、どれだけ人のことを想えるかが勝負』って決めて戦う先生のようにいこう」
「みんなの意見を引き出すリーダーになってほしい」
「大河しかいない」
etc...

 感謝です。
 ありがとうございます。

 そしてみなさんにも、ありがとうございます!!
 法科大学院留年という惨敗を喫してしまいましたが、来年5月の一発合格を目指して、戦います!!
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