広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

使命

「心は一緒だよ。使命は同じだよ。」

 「私は、いつも君たちと一緒に行動するわけにはいかないが、心は一緒だよ。使命は同じだよ。どうか、私に代わって、本部を守ってください。会館を守ってください。同志を守ってください。」


『新・人間革命』厳護の章


*******


 「生命力の強さで無事故を勝ち取る」
 
 これが、学生部本部牙城会というグループで教えてもらったことです。
 大学3年生、だいたい21歳の1年間。平日、本部の2つの会館で受付と警備を担当させて頂いた。

 「先生と同じ心で、先生と同じ方向を向いて」着任する。カッコよくいえば、こうなる。
 実際は、日々の生活に悪戦苦闘しながらの任務。小さな心に、大きなコンプレックス、しょうもない雑念もあれば、途方もない悩みもある。
 それでも、師匠のために、同志のために、無事故を勝ち取ろうと、着任までに目標を決めて戦う。
 
 みんな一生懸命だった。必死だった。
飾ろうなんて余裕はなかった。口先の戦い、表面的な繕いは見抜かれた。
そうやって戦うなかで、本当の自分が見えた。

全部、中途半端になっていた自分。
主任に思いっきり斬られた。その生命を。
助かった。それで吹っ切れた。

ロースクールの先輩にも、鋭く観てくれている年上の先輩がいる。
一緒に勉強してもらい、たくさんのアドバイスをもらった。

今まで、様々な形で数え切れない人に守ってもらって生きてきた。
僕も、大切な人を、縁する人を守る力がほしい。笑顔にする力が。
その力は、間違いなく生命力。

牙城会のバッヂの形は“G”。
「学会」の“G”、「牙城会」の“G”、そして「厳護」の“G”。
今日も厳護の唱題を!!

使命に生きる人は美しい。

 自らの使命を自覚した人は強く、使命に生きる人は美しい。


『新・人間革命』旭日の章


*******


 その人を信頼できるかどうか。
 十人十色の判断基準があると思う。
 僕は、その人がぎりぎりのところで、「自分のため」を選ぶのか、「友のため」を選ぶのかを考える。

 その人が好きかどうか。
 基準なんかなくていい。
 僕は、その人が、「使命に生きているかどうか」、または「使命に生きようとしているかどうか」で好きになる。


 使命に生きている人はカッコいい。

 使命に生きている人はまぶしい。

 使命に生きている人は楽しい。

 だから、好きになってしまう。


 創価高校、創価大学、創価大学法科大学院、学生部等を通じて、そんな人たちとたくさん出会うことができた。
 使命に生きる人には、まわりに強い影響を与えずにはおかないパワーがある。
 そのパワーのお陰で、今の僕がある。

 池田先生に感謝。
 諸先輩方、同期・後輩のみんなに感謝。
 
 
 ただし、影響には良い影響も悪い影響もある。
 使命に生き抜くといっても、信じる対象が誤っていれば、悪い影響を撒き散らし、自身も崩れていく。
 提婆達多にも、やはり使命があったと思う。宿命ともいえる。
 ごく簡単に言えば、釈尊の弟子でありながら敵対し、釈尊の正しさを浮かび上がらせるという役割を演じたようにも見える。
 彼は師との敵対に邁進した。だからこそ始め、彼に付いてゆく弟子もいたのかもしれない。

 もっとも、「困難は、逃げれば宿命に終わる。攻めれば使命に変わる」との御指導通り、結果として、彼は宿命に埋もれていった。


 ひるがえって、ネット上に目を向けてみると、「これ、わが使命なり」と息巻いて、池田先生を批判し、学会を攻撃し、破和合僧の大罪を犯し尽くす人間がいる。
 彼らはどこで道を違えてしまったのかと考える。
 僕がそうなるかもしれないからだ。

 一つ、浮かび上がってきた御指導は、『法華経の智慧』に書かれた、「日興上人と五老僧の違い」だった。

 根本の一念が、「師の教え通りに、縁する人すべてを励まし、共に幸福になってゆくんだ!」となっていれば、善知識となって人間革命の波動を広げていける。
 根本の一念が、「法華経を上手く使って、人を惑わし不幸にしてもいいから、自分の人生を楽しく生きるんだ!」となると、悪知識となって破和合僧を侵食させる。

 
「人の身の五尺六尺のたましひも一尺の面にあらはれ一尺のかほのたましひも一寸の眼の内におさまり候」
(御書1402㌻)

 そもそも、生命が宿る顔も目も見えないネット上では、字面からその人の一念を見抜くのは困難。
 言葉遣い、論理、そして何より目的、これらを総合して、「使命に生きる人」なのか、「宿命に泣く人」なのかを峻厳に見抜いていかなければ、知らず知らずのうちに生命が蝕まれていく。
 

「一の暴論には、十の正論で言い返せ」

 言い返すといっても、何も相手の土俵でやることだけに限られない。
 そもそも広宣流布の前進は、現実の生活のなかにしかない。
 「宿命に泣く人」に取り入る魔が、最も嫌がるのは、ネット上で反論されることではなく、僕らが着実に学会活動に励み、人間革命の輪を広げゆくことだと確信する。

 
 最後に、はっきり言いますが、魔の目的は、信心に、学会活動に動執生疑を起こさせて、池田先生との師弟の絆を断ち切り、幸せになるのを一人でも多く妨げることにある。

 絶対に惑わされない。

 池田先生の御指導を徹して学んでみればいい。
 疑問があれば、なんでも所属する組織の幹部に指導を受けることができる。
 一人に指導を受けて、納得できなければ、もっと上に指導を仰げばいい。
 学会本部の本部相談室(創価旭日会館)に行くのもいい。
 
 
 そんなこんなで、僕は、みなさんと一緒に、「広宣流布の使命」に生き抜きたい。


日興上人と五老僧
http://kosenrufu.ldblog.jp/archives/1553167.html

幹部の使命

一、日蓮大聖人は、題目の力用を讃えて、「太陽が東方の空に昇ったならば、南閻浮提(=世界)の空は皆、明るくなる。太陽が大光を備えておられるからである」と仰せである(御書883㌻、通解)。
 題目は、無限の力を引き出す。どんな戦いであれ、真剣に題目をあげることだ。
 誰にでも、自分にしか果たせない使命がある。その使命を堂々と果たすための舞台を、御本尊からいただくのである。そして、断固勝つのだ。
 会合等で人が集まったら、幹部は皆を「喜ばす」のが使命である。決して「動かす」のではない。
 また、同志に対して、師弟の心を伝えようとせず、自分本位の意見を押しつけようとする。そんな話は駄目だ。真剣勝負で、人の心を打つ。その努力がなければ、新鮮味もなくなってしまう。
 討議では、頭を使い、知恵を出し尽くさねばならない。そして、決めたことは絶対に守るのだ。それが「信義」である。それを、他人にやらせて自分がやらなくなると、組織は潰れる。
 この点、戸田先生は実に厳しかった。
 その戸田先生に、私は仕え抜いた。先生の苦境を救うために奮闘した。「おれは大作という弟子をもった。それだけで満足だ」──そう言っていただけたことが、私の無上の誇りである。

一、ノーベル平和賞の受賞者である、ケニアのマ一夕イ博士と語り合った際、博士は仰しゃった。
 「これから“何かを変えたい”と思うのであれば、まず“自分自身から”変えなければならない。そして、自分自身が先頭に立って変えなければいけない」
 「行動の人」の一言は重い。私も、博士の言葉に完全に同意する。
 学会の幹部は、心が遊んではいけない。陰日向があってはいけない。
 だれが見ていなくても、御本尊は厳しく御覧になっている。
 最高幹部は、皆が「あんなに働いてくれて、申し訳ない」と思うくらいに、飛び回って、いろいろな戦いをやるのだ。
 そうすれば、皆もうれしい。そして、勝てば皆が喜んでくれる。
 まだまだ暑さが続く。熱中症などにくれぐれも気をつけて、体を頑健にして、戦ってまいりたい。


2007.8.15
各部代表者協議会

創立100周年へ、いよいよ「今から」、いよいよ「これから」

 日蓮大聖人は、若き南条時光に「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)と仰せになられました。
 戦後、19歳で入信した私が、命に刻んだ御聖訓です。
 当時、無数の青年の尊き命を奪った戦争の傷跡は、あまりにも深かった。わが家も空襲で破壊され、私自身も肺病で苦しみました。しかし偉大な戸田先生の弟子として、私は広宣流布の大願に立ち上がった。
 ありとあるゆる難を受けながら、妙法を持った一人の青年がどれだけ強くなれるか、どれだけ民衆の幸福に尽くし、世界の平和のために仕事ができるか、悔いなき歴史を残してきました。
 何ものにも負けない、この「人間革命」の勇気の力を、私は後継の青年に譲り託します。
 君たちは勝つために生まれてきた。
 皆を幸福にするために生まれてきた。
 一人ももれなく、妙法とともに、学会とともに、明るく充実した青春を生き抜き、人生と社会の堂々たる大勝利者となっていただきたい。
 大聖人の立宗宣言より80年後、不二の弟子・日興上人は獅子吼されました。「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通致す可き事」(同1618㌻)
 人類は、妙法を渇仰しています。
 創立100周年へ、いよいよ「今から」、いよいよ「これから」です。
 われら創価の師弟は、無限の信力・行力を奮い起し、無量の仏力・法力を湧き出しながら、新たな広宣流布の躍進を開始しよう!
 創立の父・牧口先生の励ましを、わが友に贈ります。
 「年齢はどうあれ、一日一日、進歩する人が、青年である」
 「地上を踏み占めて、一歩一歩進め」と。
 全学会員の健康と、常楽我浄の人生を祈ります。
 「青年部、万歳!全世界の同志、万歳!創価学会、万歳!」と叫びつつ――。


2010.11.3
青年文化総会へのメッセージ(抜粋)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

にほんブログ村にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へに参加しています!
「創価学会」カテゴリのブログがたくさんあります。ぜひ見てみてください☆

人生と社会の堂々たる大勝利者と

 日蓮大聖人は、若き南条時光に「願くは我が弟子等・大願ををおせ」(御書1561㌻)と仰せになられました。
 戦後、19歳で入信した私が、命に刻んだ御聖訓です。
 当時、無数の青年の尊き命を奪った戦争の傷跡は、あまりにも深かった。わが家も空襲で破壊され、私自身も肺病で苦しみました。しかし偉大な戸田先生の弟子として、私は広宣流布の大願に立ち上がった。
 ありとあるゆる難を受けながら、妙法を持った一人の青年がどれだけ強くなれるか、どれだけ民衆の幸福に尽くし、世界の平和のために仕事ができるか、悔いなき歴史を残してきました。
 何ものにも負けない、この「人間革命」の勇気の力を、私は後継の青年に譲り託します。
 君たちは勝つために生まれてきた。
 皆を幸福にするために生まれてきた。
 一人ももれなく、妙法とともに、学会とともに、明るく充実した青春を生き抜き、人生と社会の堂々たる大勝利者となっていただきたい。


2010.11.3
青年文化総会へのメッセージ


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

にほんブログ村にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へに参加しています!
「創価学会」カテゴリのブログがたくさんあります。ぜひ見てみてください☆
更新をLINEでお知らせ
オススメの本
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: