広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

大難

師匠を信ずる

 師匠を信ずるということは、師匠の言う通りに実践することだ。
 師弟に生き抜けば、恐れるものなど、何もない。
 御聖訓には「大難来り(きたり)なば強盛の信心弥弥(いよいよ)悦びをなすべし」と仰せである。
 私は訴えたい。後継の君たちよ!人ではない。自分だ。富士のごとき、不動の自分をつくるのだ。
 いかなる嵐があろうとも、師子として叫べ!師子として戦え!
 永遠に勝利の道を開きゆけ!


2007.8.10
全国最高協議会スピーチ

難こそ誉れ!


 鉄を何度も熱して鍛えていくと、脆さの原因である内部の不純物がたたき出されます。それを、さらに鍛え打つことによって、鉄は、一段と強靭になります。それと同様に、兄弟の信心が強盛であるため、過去世の重罪を責め出して今世に苦難の果報を受けているとの仰せです。
 ここにある通り、転重軽受・宿命転換の道においては、苦難の意味そのものが深まり、「信心の練磨」「生命の鍛練」の意義を持つのです。
 大聖人は「鉄(くろがね)は炎(きたい)打てば剣となる」(御書958㌻)とも述べられております。
 私たちの信仰は、宿命と立ち向かうなかでこそ、磨かれ、強くなるのです。
 悩みや苦しみという“業火”に焼かれた時、人間の真価は発揮されます。「弱き信念」であれば、灰となって崩れ散ってしまう。「強き信念」であれば、真金となって、ますます輝きを放っていくのです。
 わが生命を鍛え抜き、強く磨きあげることが、仏法の大目的です。
 磨かなければ人材は光らない。鍛えなければ本物は育たない。広宣流布のために徹底して戦う中で、過去世の宿業を転換し、わが人生を金剛不壊の宝剣のごとく、光り輝かせていくことができるのです。

〈中略〉

 戸田先生の事業が挫折した最も苦境の時にも、私は矢面に立って、一身に師を守り支え続けました。
 昭和25年(1950年)12月の日記に、当時の心中を次のように記しました。
 「苦闘よ、苦闘よ。
 汝は、その中より、真の人間が出来るのだ。
 汝は、その中より、鉄の意思が育つのだ。
 汝は、その中より、真実の涙を知ることができるのだ。
 汝は、その中より、人間革命があることを知れ」

〈中略〉

 戸田先生は語られました。
 「大作、野良犬が吠えるような、いかなる罵倒や非難があっても、決して動ずるな!
 そんな、つまらぬことに、決して紛動されるな!
 英雄の道を歩むのだ。
 偉人の道を歩むのだ。
 私たちの信奉する大聖人の難から見れば、すべて九牛の一毛(=とるに足りないこと)に過ぎないのだ」
 私は、この決意で60年余、戦ってきました。大難は、「師弟の大道」を歩む誉れの勲章です。あとは、この創価の大道を、後継の青年に続いてもらいたいのです。


大白蓮華2009-5
勝利の経典「御書」に学ぶ
第5回 兄弟抄(中)難こそ誉れ!師弟の大道を歩め!!
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