広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

希望

厚田の地を、希望が来る「望来」に

「“希望が来る地”か。いい地名だね。
 仏法というのは、一言すれば、希望の哲学だ。万人が己心に仏の生命を具えていると説く仏法には、どんな逆境にあろうが、絶望はない。わが“宿命”は、この世の“使命”であると、確信していくことができる。その確信から、努力が生まれ、人生の勝利への、さまざまな創意工夫が生まれていく。
 心が敗れてしまえば、希望の種子は腐り、芽が出ることはない。希望は、豊かで、強い心の大地から生まれるんだ。自分の心の外にあるものじゃないんだ。
 私たちの手で、厚田の地を、希望が来る『望来』にしていこうよ。それが、戸田先生を本当の意味で顕彰していくことになるし、弟子としてのご恩返しにもなる」


『新・人間革命』厚田の章


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 先週2泊3日で、北海道・札幌に住む祖母と伯父さんたちに、妻と結婚の報告をするとともに、望来(もうらい)・戸田記念墓地公園に祖父の墓参に行って参りました。

 新札幌のホテルから、レンタカーで8時前に出発して1時間半強かけて厚田墓園へ。
 9時半ごろの墓園は、とってものどかな心安らぐ雰囲気で、騒音は一切なく小鳥のさえずりが心地よくて、ずっといたいと思ってしまうくらいでした。

 戸田先生と池田先生の胸像が日本海を臨んでいるのには、少しハッとしました。世界からすれば、望来から、世界平和の「希望が来た」という風にも取れるかもしれません。
 それほど、池田先生が戸田先生の御遺志を継いで行ってきた世界平和への貢献は計り知れない。
 緊張状態にあった中国と旧ソ連への訪問・両首脳との会談、日中国交正常化提言、イデオロギーを超えた世界中の国との文化・芸術交流の推進、各国からの創価大学への留学生受け入れ、SGIの日記念提言による毎年発表される具体的な平和提言等々。
 
 僕も弟子として、先生の御構想の一端を担う人材に成長するとの決意を改めました!
 

 そして、希望の哲学である仏法を象徴するような言葉、「宿命を使命に変える!」。
 そのための祈り!
 お題目について書かれた大好きな一節を読み返しました。
 一時期は御祈念帳の最後のページに書いて毎回読んで祈っていました。

  祈り――それは、あきらめない勇気だ。

希望は 努力と忍耐に咲く花

希望は
努力と忍耐に咲く花である。
希望は
陰徳を積みゆく人の
誇り高き陽報なのである。

希望に
生き抜く人には
堕落がない。
惰性がない。


2012年1月2日
長編詩「希望は人生の宝なり」より抜粋


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 希望は、常にそこにあるものと思っていたけど、本当は希望の種があるだけなのかもしれない。
 その種を咲かせるための、光と水が必要だったんだ。努力と忍耐が必要だったんだ。

 そこをはきちがえて、「希望を持って生きてる」なんていっても、それはただの強がりか慢心から生まれる危機感の無さを表すものでしかない。
 諦めずに真剣に祈ること、粘り強く行動すること、そこにこそ希望があるんだと思う。
 
 だから、希望に生き抜く人には堕落も惰性もないんだと思う。
 
 希望に生き抜く人、希望を生み出す人、希望を分かち合う人でありたい。

夫婦――「愛情」と「忍耐」の戦友

 中国の鄧穎超(とうえいちょう)さんに、周恩来総理とのなれそめを伺ったことがある。
 「私たちには、いわゆる仲人はいません。しいて言えば、『五・四運動』(1999年5月4日、日本をはじめ諸外国の圧迫に、青年たちが立ち上がった民衆運動)が仲人です」
 海棠やライラックの花々の香る、北京のご自宅での語らいであった。
 お二人は、結婚する青年たちに、よく、夫婦としての「八つの原則」を語られたという。
 その八項目とは、何か?
 それは、「互いに愛し合う」「互いに尊敬し合う」「互いに励まし合う」「互いにいたわり会う」「互いに譲り合う」「互いに許し合う」「互いに助け合う」、そして「互いに学び合う」――と。
 ともあれ、結婚は、それ自体が目的ではない。
 大事なことは、あくまでも、一人の人間としての尊厳であろう。
 人は、誰も皆、生まれてくる時も一人、死んでいく時も一人である。
 結婚するかどうか等で、幸福は決まらない。
 幸福を決めるのは、生き甲斐があるかどうか、充実があるかどうかである。
 周囲に「希望」がなければ、自分で創ればよい。
 心というものは、名画家のように、いくらでも自由自在に「希望」を描き出していけるからだ。
 真の愛情とは、歳月を経るほどに、深まりゆくものである。
 周総理ご夫妻も、半世紀以上にわたって、戦友として、生死を共に超えながら、愛情をより深めてこられた。それは、その愛情が同志のため、友人のため、人民のため、そして後継の青年たちのためにと、広がっていったからだと、鄧穎超さんは振り返っておられた。
 私たち夫婦の実際の仲人は、師・戸田城聖先生である。
 その恩師からの結婚のはなむけも、ありきたりのお祝いではなく、「二人で力を合わせて戦い、人々に尽くしていきなさい」という一点であった。


『新・女性抄』

8月31日 『女性に贈ることば365日』

 どうすれば、自分の心が歓喜で満ちていくか。それには、人に生きる喜びを与える自分になることです。
 家族や、周囲の人びとに、喜びと希望を与えていけばいくほど、自分の心は豊かになっていく。生き生きと弾んでいく。輝いていくからだ。


『女性に贈ることば365日』8月31日


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 本当にその通りだと思う。
 大切に想う人の数だけ、自分の心が少しずつ広がってきた気がしてならない☆

8月29日 『女性に贈ることば365日』

 限りある人生。どうせ生きるならば、「あの人の生きたように!」と、後世の人に希望と勇気をおくる人生でありたい。


『女性に贈ることば365日』8月29日
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