広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

御書

創立100周年へ、いよいよ「今から」、いよいよ「これから」

 日蓮大聖人は、若き南条時光に「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561㌻)と仰せになられました。
 戦後、19歳で入信した私が、命に刻んだ御聖訓です。
 当時、無数の青年の尊き命を奪った戦争の傷跡は、あまりにも深かった。わが家も空襲で破壊され、私自身も肺病で苦しみました。しかし偉大な戸田先生の弟子として、私は広宣流布の大願に立ち上がった。
 ありとあるゆる難を受けながら、妙法を持った一人の青年がどれだけ強くなれるか、どれだけ民衆の幸福に尽くし、世界の平和のために仕事ができるか、悔いなき歴史を残してきました。
 何ものにも負けない、この「人間革命」の勇気の力を、私は後継の青年に譲り託します。
 君たちは勝つために生まれてきた。
 皆を幸福にするために生まれてきた。
 一人ももれなく、妙法とともに、学会とともに、明るく充実した青春を生き抜き、人生と社会の堂々たる大勝利者となっていただきたい。
 大聖人の立宗宣言より80年後、不二の弟子・日興上人は獅子吼されました。「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通致す可き事」(同1618㌻)
 人類は、妙法を渇仰しています。
 創立100周年へ、いよいよ「今から」、いよいよ「これから」です。
 われら創価の師弟は、無限の信力・行力を奮い起し、無量の仏力・法力を湧き出しながら、新たな広宣流布の躍進を開始しよう!
 創立の父・牧口先生の励ましを、わが友に贈ります。
 「年齢はどうあれ、一日一日、進歩する人が、青年である」
 「地上を踏み占めて、一歩一歩進め」と。
 全学会員の健康と、常楽我浄の人生を祈ります。
 「青年部、万歳!全世界の同志、万歳!創価学会、万歳!」と叫びつつ――。


2010.11.3
青年文化総会へのメッセージ(抜粋)


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人生と社会の堂々たる大勝利者と

 日蓮大聖人は、若き南条時光に「願くは我が弟子等・大願ををおせ」(御書1561㌻)と仰せになられました。
 戦後、19歳で入信した私が、命に刻んだ御聖訓です。
 当時、無数の青年の尊き命を奪った戦争の傷跡は、あまりにも深かった。わが家も空襲で破壊され、私自身も肺病で苦しみました。しかし偉大な戸田先生の弟子として、私は広宣流布の大願に立ち上がった。
 ありとあるゆる難を受けながら、妙法を持った一人の青年がどれだけ強くなれるか、どれだけ民衆の幸福に尽くし、世界の平和のために仕事ができるか、悔いなき歴史を残してきました。
 何ものにも負けない、この「人間革命」の勇気の力を、私は後継の青年に譲り託します。
 君たちは勝つために生まれてきた。
 皆を幸福にするために生まれてきた。
 一人ももれなく、妙法とともに、学会とともに、明るく充実した青春を生き抜き、人生と社会の堂々たる大勝利者となっていただきたい。


2010.11.3
青年文化総会へのメッセージ


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広布の重責を担い立て

 諸君の成長は、「日本の希望」である。そして、諸君は「学会の宝」である。
先輩の皆さんも、学生部の諸君に、さまざまなことを期待し、希望を寄せている。きょうは、その先輩の期待の一端を、そのままお伝えしておきたい。
 第一番目に、情熱をもって信心に取り組み、学業に進み抜いていただきたいということである。
 次に、目的観をもって進んでもらいたい。また、大志を抱いて、人生を生ききってもらいたい。
 最後に期待することは、偉大なる人材へと、すくすく育っていただきたいということである。学生部の皆さんは、学会内でも重要なリーダーとして活躍してもらいたい。あらゆる分野で、伸び伸びと、広宣流布の重責を担い立つ人材になっていただきたい。
 日蓮大聖人の御金言に「蔵の財(たから)よりも身の財すぐれたり身の財よりも心の財第一なり」(御書1173㌻)との仰せがある。
 「蔵の財」とは、名誉や財産にあたる。それは、自分自身の外にあるものであり、限りのあるものである。
 「身の財」とは、たとえば、知識の蓄積です。これは、勝利の人生を開く、一つの基盤になる。
 「心の財」とは、つきつめていえば、信心である。信心が根本でなければ、真実の幸福を実現することはできない。
 信心を根本にしながら、身の財を蓄えていったときに、幸福と勝利への道が開かれていく。どうか、「信心第一」を合言葉に、未来の総会まで、しっかりと頑張っていただきたい。
(要旨)


学生部結成50周年記念指導集『先駆の先陣』
1959.6.28 第2回学生部総会



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諸法実相は「現実を変革する」哲学

須田 そういえば、大聖人は、諸法実相について述べられた主な御書で、必ず御本尊への信心の「実践」を強調されていますね。
名誉会長 それは大切なことに気がついたね。
須田 例えば「諸法実相抄」には、「一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ」「行学の二道をはげみ候べし」(御書1261㌻)とあります。
 「日女御前御返事」には、「南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤(もっと)も大切なり、信心の厚薄によるべきなり仏法の根本は信を以て源とす」(御書1244㌻)と仰せです。
名誉会長 大聖人の仏法の根本は「信心」です。信を根本にしての「如説修行」です。
斉藤 同じ法華経を拠り所としながら、この「修行」を見失ったのが、大聖人当時の天台宗です。
 “衆生は本来、仏なのだ。そのままで仏なのだから、どんな欲望も、どんな現実も、そのまま肯定していいのだ”と。
名誉会長 諸法実相の曲解です。
 修行の放棄であり、現実への追従です。
 諸法実相は、平板な「諸法イコール実相」ではない。
 諸法即実相、実相即諸法。その「即」は「イコール」ではない。大聖人は「即の一字は南無妙法蓮華経なり」(御書732㌻)と仰せです。一瞬たりとも停滞せず、顕現し、冥伏し、創造し、拡大してやまない生命のダイナミズムが「即」の一字には込められているのです。
 諸法即実相といっても、あくまで仏が見た究極の真理です。迷いの凡夫が見る現実とは隔たりがある。ゆえに「人」は「真理」の実現へ向かって、絶えず近づかねばならない。それが「修行」です。諸法実相という「理想」に向かって、絶えず「現実」を超えていかねばならない。それが「変革」です。
 この挑戦を忘れると、諸法実相という立派な法理を隠れミノにして、人は現実に埋没し、無気力になってしまいます。
 これは恐ろしいことです。
 無気力は、権力者を野放しにする素地になるからです。権力者の側からすれば、こんなに支配しやすいことはないのです。どんな悲惨な現実があっても、その現実を民衆が肯定し、受け入れてくれるのだから。
 本来は、その反対に、生命の道に背く権力者を諫めるのが諸法実相の智慧です。それは大聖人の実践に明らかです。
遠藤 天台宗は、法華経の「開会(かいえ)」の法門を曲解して、何らかの利益があると思えば、どんな教えも真実だと主張しました。
 “念仏も、真言も、禅も、すべて法華経だ。そう信ずるのが修行なのだ”と。
 「当世・天台宗の開会の法門を申すも此の経文を悪(あし)く意得(こころえ)て邪義を云い出し候ぞ」(御書1139㌻)と大聖人は仰せです。
須田 いわゆる「本覚思想」ですね。
 大聖人は、こうした邪義と厳しく戦われました。
 「如説修行の人と申し候は諸乗一仏乗と開会しぬれば何(いず)れの法も皆法華経にして勝劣浅深ある事なし、念仏を申すも真言を持つも禅を修行するも総じて一切の諸経並びに仏菩薩の御名(みな)を持ちて唱るも皆法華経なりと信ずるが如説修行の人とは云われ候なり」(御書502㌻)と彼らの主張を挙げられたうえで、「然(しか)らず」(同)――そうではない――と破折されています。
名誉会長 人それぞれ良いと思っていれば、どんな教えも同じ――こうした宗教者の驕りと怠慢が、今の日本の精神風土をつくってきたとは言えないだろうか。
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祈りとは、燃え上がる生命の勝利の炎

 「祈り」とは、観念ではありません。燃え上がる生命の勝利の炎です。この一念の炎があれば、祈った瞬間、生命はすでに勝っている。「百千年くら(暗)き所にも燈(ともしび)を入れぬればあか(明)くなる」(御書1403㌻)と仰せの通りです。


御書と師弟



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