広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

折伏

わが宿命は、わが使命となる

 現実は、常に疾風怒濤である。順風満帆の人生などない。外から見ていてはわからなくとも、皆、何かしら深刻な悩みをかかえ、時に呻吟しながら生きているものだ。次から次へと、苦悩の怒濤は押し寄せて来る。
 だからこそ、唱題なのだ!
 だからこそ、折伏なのだ! 
 地涌の菩薩の、仏の大生命を呼び覚まし、強い心で、大きな心で、豊かな心で、悠々といっさいを乗り越え、勝利していくのだ。
 宿命が、悩みがあるからこそ、それを克服することによって、仏法の功力を、その真実を、偉大さを証明することができる。わが宿命は、わが使命となるのだ。ゆえに、信心で打開できない悩みなど、断じてない。
 叩きつける氷雨の激しさに、心が絶望の暗雲に覆われてしまうこともあるかもしれない。しかし、今日も、明日も、太陽は、燦々と輝き、昇っていることを忘れまい。
 大宇宙を貫く妙法に連なり、自らが太陽となるのだ。栄光と勝利の歓喜の輝きを放ち、幸の光彩をもって、一家を、さらに地域を、未来を照らし出していくのだ。


新・人間革命 常楽の章


*******

みなさんは今、何に悩んでいますか?


ぼくは、

職場の直属上司、会社の経営方針、同僚の会社への不満・愚痴、それにつられてしまう自分、2歳の娘のシャンプー、娘のイヤイヤ期、85kgもある体重、そのせいで何をするにも身体が重いこと、リズムのない生活、バスケがしたいです、新しい腕時計、部員さんに会いたい、親友に良い人を紹介したい、大学校生の折伏、自分の折伏…

数えたらきりがないくらいたくさん悩みがあります。

いくつかは、いやほとんどがぼくの宿命的な生命の傾向性からくるものです。
面倒くさがり屋、持続が苦手等々の一凶もそう。

「人間革命したい」

今、改めてそう思っています。


唱題!
そして、折伏!
この人間革命の直道を明るく楽しく進んでいきたい。

ルネサンスの巨人
ダ・ヴィンチは言った
「太陽は 決して
いかなる影をも 見ない」

君たちは
未来に輝く
若き英知の帝王
天真爛漫たる
太陽なのである

長編詩「大空を見つめて」


師匠・池田先生はことあるごとに、弟子であるぼくらに「太陽」たれ!と励ましを贈ってくださっています。
日々の新・人間革命やメッセージで先生の太陽のような生命に触れて、励まされています。

ぼくが信心というより、先生の弟子になりたい、本物の弟子になりたいと思ったのは、学園時代、創大・学生部時代に太陽みたいにキラキラした先輩・友人たちの影響でした。
羨ましいくらい眩しく光るイキイキとした彼らから、先生を感じ、師弟を感じました。

「俺もあーなりたい!」
率直な思いでした。だからこそ、唱題し、折伏しました。

彼らは「栄光と勝利の歓喜の輝きを放ち、幸の光彩」を放っていたのだと思います。
ぼくも絶対にそうなりたい。太陽のように明るく、強く、温かく。
ひとつひとつの悩みに向き合って、祈って、戦って、縁する人みんなを笑顔にできる、縁するみんなと笑顔になれる、そんな人に!!

真の仏道修行

 思えば、私の折伏第一号は、大田区の小学校の教員をされている方であった。戸田先生の会社に勤めて、しばらくしたころのことである。
 それまで、何人もの友に仏法の話をしてきた。戸田先生みずから、私の友人に会って、話してくださったこともあったが、信心をするにはいたらなかった。
 自分が不甲斐なく、どう語ればよいのか、必死に研究もした。そして、祈りに祈り、“もう一人”“もう一人”との思いで、折伏行を重ねた。それが、どれほど大きな自身の力となっていったか計り知れない。
 そのなかで、ようやく折伏が成就した時の、あの晴れやかな感動と喜びは、筆舌に尽くしがたい。
 私は、自分の紹介で入会した人を、どこまでも、どこまでも面倒をみながら、人生の勝利者にさせる決意をした。
 その折伏をした人に、私のアパートに来ていただき、出勤前に一緒に勤行し、ともに御書を拝したものである。
また、仕事の帰りに、勤行指導に通ったことも懐かしい。
 広宣流布という前進は、一人の友を信仰に目覚めさせていく、この地道な、そして忍耐強い活動の積み重ねのなかにある。
 これが、真の仏道修行だ。


随筆 新・人間革命
広宣の旗高く

幸福の泉

 一月二十日、会長山本伸一が出席して、第二十二回「青年部総会」が晴れやかに開催された。
 創価の青年たちは、寒風をついて、新しき社会を建設する息吹をみなぎらせ、会場の北九州市立総合体育館に喜々として集ってきた。
 全国の青年部総会を、首都圏以外の地で初めて行うとあって、九州の青年たちは先駆の誇りに燃えていた。
 伸一が会場に姿を現すと、場内を埋め尽くした参加者から、ひときわ大きな歓声が起こり、怒涛を思わせる大拍手がうねった。
 総会では、九州青年部長の「開会の辞」に続いて、女子部長の吉川美香子が登壇し、「若い女性の連帯を広げよう」と題して語った。
 女子部は学会の花である。さわやかで、はつらつとしたその姿は、皆の希望である。女子部員の躍動があるところ、組織は明るい光に包まれる。
 伸一は、若い女性たちが、人びとの幸福を願って、健気に仏道修行に励む英姿に、人間性の至高の輝きを見ていた。
 「他人のために勇気をもって苦しむところに、気高さがある」(『カーライル選集3 過去と現在』上田和夫訳、日本教文社)とは、歴史家カーライルが導き出した結論である。
 女子部が盤石であるならば、学会の未来は盤石である。ゆえに伸一は、女子部の拡大と育成のために全力を注ごうと深く心に誓いながら、吉川の話に耳を傾けた。
 彼女は、女子部の総ブロック(現在は部)討議の様子から語り始めた。
 「今回は『職場と女子部』がテーマでしたが、ある総ブロックでは、その討議の際に、最近の若い女性の一般的な傾向として、次のような話が出ました。
 自分の手を汚したがらず、苦労を避ける。しかし、自分のことは認めてもらいたい。また、相手を受け入れることはしない――というのです。
 そして、『やはり、これはわがままといわざるをえない。こうした傾向が強まっていることが、女性同士の友情が育たない原因になっている』と分析しておりました。
 皆、心の底では、本当に心を開いて話し合える友を求めているが、自分が傷つくことを恐れて、それができないというのが、悲しむべき現実であると思います」
 自ら手を汚したがらないという若い女性たちの傾向性の根底には、幸福は他から与えられるものだという考えがある。
 しかし、幸福は自分の心が創り出すものなのだ。自らの手でつかみ取るものなのだ。そのためには、労苦を避けて通ることはできない。
 ゲーテは警告した。
 「生活をもてあそぶものは、決して正しいものになれない。
 自分を命令しないものは、いつになっても、しもべにとどまる」(『ゲーテ詩集』高橋健二訳、彌生書房)
 また、苦悩なき人生はないのだ。どんなに華やかそうに見えても、人は悩みをかかえている。一時期は幸せを満喫しているようでも、それが永遠に続くことなどない。
 生きるとは、苦悩することであるといってもよい。それに負けて、希望を失い、自暴自棄になってしまうことから、人は不幸になるのである。
 だから、悩みや苦しみに負けない強い心、大きな心をつくるしかない。
 苦悩が大きければ大きいほど、それに打ち勝つ時、より大きな幸福を感ずることができる。
 いな、その挑戦のなかにこそ、充実と歓喜の生命が脈打ち、わが胸中は幸福の泉となるのだ。
 その能動的な自己をつくり、心を大きく、強くすることが、「人間革命」なのである。
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