広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

法華経の兵法

最高の祈り、最高の作戦・行動

「まず、全関西の強盛な祈りから始めるわけでありますが、ただ唱題して祈りに祈って祈りあげればよいかというと、それだけではどうにもなりません。誤解のないように言いますが、これが第一の要諦です。第二の要諦は、最高の作戦、最高の行動です。これがなければ、勝機を掴むことは絶対にできない。第一の要諦だけでも駄目であり、第二の要諦だけでも駄目である。この二つの要諦が調和したとき、不可能も可能となり、勝利を得ることができると確信いたします。この調和をさせるものは何かというと、それが信心なのです。ですから、信心が根本であると申し上げるのも、そのためです。わかりますか。
 最高の作戦、最高の行動というと、すぐ世間通例の選挙作戦なんかを思いうかべて、真似をしたがりますが、これはとんでもない間違いです。
 日蓮大聖人は四条金吾を戒められたお手紙に『なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし』とお書きになっています。
 これは、どんな作戦、行動よりも法華経の兵法、つまり信心から出た作戦、行動を用いる以外にないのだ、それが最高の作戦であり、最高の行動となるということです。右往左往する必要はさらにありません」


『人間革命』一念の章


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最強

 「一念三千」こそ、仏法の真髄の極理だ。
 真剣に祈れば、智慧が湧く。
 真剣に動けば、道は開ける。
 真剣に語れば、敵も味方に変わる。
 真剣に戦えば、必ず諸天善神の守護が現れる。
 妙楽大師が「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」と記された通りだ。
 策でもなければ、要領でもない。「法華経の兵法」に徹して戦い抜く執念こそが、最強なのだ。


大白蓮華2006-7巻頭言
「人生は真剣勝負なり」


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真剣!!
これしかない!!
昨日よりも真剣に!!
明日ために真剣に!!
今を真剣に!!

世界に平和の種を!

 「物たねと申すもの一つなれども植えぬれば多くとなり」(御書971㌻)と日蓮大聖人は仰せである。
 「世界に平和の種を!」と誓い合った、わがSGIの出発は、小さな小さな集いであった。しかし、師弟一体の勇気と忍耐で植え続けた「種」は、妙法の慈雨を受けて生い茂り、今や、壮大な人材の「森」となって広がっている。
 ともかく、種を蒔くことだ。自らが種となって、乾いた大地に飛び込むことだ。手を打ち続ける以外に、広宣流布の前進はない。

〈中略〉

 それは、私が二十七歳、一九九五年(昭和三十年)の一月二十六日のことであった。夕刻、急きょ恩師・戸田先生に呼ばれ、隼のようにご自宅に馳せ参じた。
 次代の学会の飛躍を期す重要なご指導を賜った夜、私は日記にこう記した。
 「真に生命を賭した時、悠然たる力が湧く」
 「不惜身命」で祈り戦ってこそ、沸々と現れる力と智慧がある。その満々たる大信力と大行力をもって、初めて破れる壁がある。
 その師弟不二の「法華経の兵法」をもって、私は、一切の戦いに勝ってきた。
 「平和の世紀」「生命の世紀」「人道の世紀」「民衆の世紀」を開くために!
 仏法は、「末法万年尽未来際」と説く。平和と幸福に輝く地球の未来を築きゆく、創価の「青年の時代」が、いよいよ開幕した!
 恩師は言われた。
 「青年ならば、全世界の運命の中に自分を置いて、発想し、行動するのだ」
 青年よ!若人たちよ!
 私は、君たちに燦然たる世界広布の大道を開き、広げてきた。
 その光輝満つる使命の道を、朗らかに堂々と歩み進んでくれたまえ!

人類の
太陽なりせば
不滅なる
世界広布の
創価の友かな


2009.1.25
随筆 人間世紀の光 179
平和の連帯「SGI」

「法華経の兵法」を持った人生の劇

 今、百年に一度の経済危機にあると言われる。
 わが創大三十五期生、創価女子短大二十三期生、さらに創価の学生部の卒業生たちは、その荒ぶる社会に打って出ることになる。
 また、冷え切る就職戦線に挑む現役生の諸君も、悪戦苦闘の連続であろう。
 しかし、思うにまかせぬ逆境にあっても、断じて負けてはいけない。決して、へこたれてはならない。
 青春の労苦こそ宝である。現実社会での修行ありてこそ、人生勝利の基盤を深く固く築くことができる。たとえ途中で躓こうとも、その場から立ち上がり、強く大地を蹴って、さらに高く跳躍すればよい。
 中国の智者の言葉に、「人の地に倒れて還って地より起つが如し」とある通りだ。
 今のフレッシュマンたちは、二〇三〇年、創価学会創立百周年を、四十代前後の働き盛りで迎える。その時が、本当の勝負だ。スタート地点の順位など関係ない。いかなる苦難も、人生の本舞台で勝つためのバネに他ならない。
 今に見よ!――この「負けじ魂」をたぎらせて、勝利をもぎとっていくのが、創価の誇りなのである。
 大聖人は、迫害の嵐を耐え抜き、勝ち越えた弟子・四条金吾夫妻を讃えられて仰せである。
 「何よりも爽快なのは、勝利の報告である」(御書一一七五ページ、趣意)と。
 最後に断じて勝つ!
 これが「法華経の兵法」を持った人生の劇なのだ。


随筆 人間世紀の光
我らの誉れの母校

法華経の兵法

 「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1292?)と結論されています。
 「法華経に勝る兵法なし」であります。ただ一遍の題目にも、いかに大きな力用(りきゆう)が含まれていることか。いかなる広布の戦いも、「信心」こそが絶対勝利のための無敵の「兵法」である。まず、こう決めることです。
 この法華経の兵法で挑むならば、「諸余怨敵・皆悉摧滅」――もろもろの怨敵を、悉く摧(くだ)き、滅した――との仏の金言が現実のものとなることは間違いないと断言なされています。
 この経文は、法華経薬王品第23の文です。あらゆる「怨敵」――一切の障魔を破ることができるという法華経の功力(くりき)が示されている。
 怨敵とは、個人の生活・生命に即して言えば、病魔・死魔など、自分を不幸にする働きです。社会で言えば、妙法を持つ人を妬み、迫害する三類の強敵にほかなりません。
 そうした悪因を、ことごとく摧き滅していく。そして生命の根底から悠々たる幸福・勝利の境涯を開いていけるのが、「法華経の兵法」すなわち信心であります。


2009.3.19
御書と師弟 第9回
法華経の兵法①

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