広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

真剣

幹部の使命

一、日蓮大聖人は、題目の力用を讃えて、「太陽が東方の空に昇ったならば、南閻浮提(=世界)の空は皆、明るくなる。太陽が大光を備えておられるからである」と仰せである(御書883㌻、通解)。
 題目は、無限の力を引き出す。どんな戦いであれ、真剣に題目をあげることだ。
 誰にでも、自分にしか果たせない使命がある。その使命を堂々と果たすための舞台を、御本尊からいただくのである。そして、断固勝つのだ。
 会合等で人が集まったら、幹部は皆を「喜ばす」のが使命である。決して「動かす」のではない。
 また、同志に対して、師弟の心を伝えようとせず、自分本位の意見を押しつけようとする。そんな話は駄目だ。真剣勝負で、人の心を打つ。その努力がなければ、新鮮味もなくなってしまう。
 討議では、頭を使い、知恵を出し尽くさねばならない。そして、決めたことは絶対に守るのだ。それが「信義」である。それを、他人にやらせて自分がやらなくなると、組織は潰れる。
 この点、戸田先生は実に厳しかった。
 その戸田先生に、私は仕え抜いた。先生の苦境を救うために奮闘した。「おれは大作という弟子をもった。それだけで満足だ」──そう言っていただけたことが、私の無上の誇りである。

一、ノーベル平和賞の受賞者である、ケニアのマ一夕イ博士と語り合った際、博士は仰しゃった。
 「これから“何かを変えたい”と思うのであれば、まず“自分自身から”変えなければならない。そして、自分自身が先頭に立って変えなければいけない」
 「行動の人」の一言は重い。私も、博士の言葉に完全に同意する。
 学会の幹部は、心が遊んではいけない。陰日向があってはいけない。
 だれが見ていなくても、御本尊は厳しく御覧になっている。
 最高幹部は、皆が「あんなに働いてくれて、申し訳ない」と思うくらいに、飛び回って、いろいろな戦いをやるのだ。
 そうすれば、皆もうれしい。そして、勝てば皆が喜んでくれる。
 まだまだ暑さが続く。熱中症などにくれぐれも気をつけて、体を頑健にして、戦ってまいりたい。


2007.8.15
各部代表者協議会

指導者としての資格

 ところで信玄の言々句々は、人間の心を鋭くとらえた本質論といってよい。信玄のこの着眼と指摘の鋭さは、何に由来するものか。
 それは将の将としての“真剣さ”ではなかったかと思う。彼は数多くの将兵を抱えている。ひとたび人材の登用を誤り、用兵を間違えれば、それは自軍の全滅、また領民の限りない苦しみにつながる。絶対に過ちは許されない――この真剣さと責任感から生まれてきたものと、私には思えてならない。真剣で責任ある人には知恵がわき、人がつく指導者としての資格は、責任感の有無にあり、その大きさ、深さが、人格の偉大さを決定づけるものといえよう。


『私の人間学 下』


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 大学3年のときに先輩から、「責任感が弱い」って指摘されたっけ。「お前は子どもだ」と。

 ぜんぜん直ってないんだよなー、本質が変わってない。
 ここぞって時には動けるんだけどなー。腰が重い。ぐうー。

 カイゼン!カイゼン!!

 それにしても、『私の人間学』は、池田先生の鋭い人物観、深い人生観に溢れてる。

卒業指針――創価中学・高校23期、関西創価中学・高校18期

真剣が
不可能を可能にする
勇気が
試練を宝に変える


創価中学・高校34期、関西創価中学・高校29期
卒業指針

妙法の力は無限

 人の胸を打つのは「真剣さ」である。「必死の一念」である。そこから勝つための智慧もわき出てくるものだ。御本尊へのひたぶるな「信力」「行力」によって、偉大なる「仏力」「法力」があらわれる。
 それが仏法の法則である。
 「これだけやったから、もういいだろう」「このへんでやめておこう」と手を抜いてしまえば、それ以上は絶対に進まない。
 妙法の力は無限である。すべてに勝ち抜いていけるのである。


2005年11月20日付
第二総東京最高協議会

友情の種

 一瞬の出会いでも、深い心の共鳴があれば、友情の種は根を下ろす。
 大事なことは、真剣であるか、誠実であるかである。


『新・人間革命』人間外交の章


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 いまだに人見知りの気が抜けないけど、もっと殻を破っていきたい!!
 
 「出会えてよかった」

 そう思い合える出会いを重ねたい!!
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