広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

職場

仕事の勝利が広布の勝利に

【質問会から】
仕事の勝利が広布の勝利に

 ある時、池田会長は、青年部員に指導した。
 「職場において、自分に与えられた仕事、役職を完璧にやり抜くことです。そうすれば、自分の組織における活動も、全部すっきりと運びます。
 御書に『御みやづかいを法華経とをぼしめせ』とあるように、仕事は仏道修行の場です。それを、活動等にとらわれて、給料をもらっている職場で、いいかげんに仕事をしていれば、全部、複雑になります。自分の思う通りに運ばなくなります。
 自分の職業、すなわち生活のための仕事を完璧にやり切りなさい。すっきりとやり切ってごらんなさい。それが『信心即生活』です。仕事に真っ向からぶつかり、勝利を得なさい。それが組織の勝利になり、折伏の勝利になり、広宣流布の勝利に通じるのです」


大白蓮華 2016年1月号


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転職して約8か月。
仕事に乗り切れていないぼくに対して、妻がLINEでこの大白蓮華の切り抜きを送ってくれました。

はっとしました。
最高の環境で、しっかりとお給料をいただいているにもかかわらず、なかなか完全燃焼できていない気がしていました。

「完璧にやり切る」
「すっきりとやり切る」
「真っ向からぶつかって勝利を得る」

広宣流布の戦いであると定めて、勝利のために祈り、全力でやろうと決意しました。


SOKAネット等で公開されているショートムービーの主人公もアルバイトをしながら戦っていました。

http://www.sokanet.jp/pr/cm/yume.html


正社員でかつ好条件の下、しっかりと給料を頂けることに毎日感謝しながら、会社の大発展を真剣に祈っています。


最近の若者は少し合わないと思うとすぐ転職を考えるそうです。
何を隠そう、ぼくもその一人でした。

そこにいる限り、その場で必要とされる人間になることを目指して仕事に取り組んではいましたが、嫌なことがあるたびに、すぐ転職を考えていました。

でも、「一人の心なれども二つの心あれば其の心たがいて成ずる事なし」(異体同心事、御書1463㌻)。
転職しようなんて考えていたら、今の職場で結果を出すのはむずかしいに決まっている。
肚を決めて、いついつまでは全力でやりきって結果を出すと祈っていこうと思います。


仕事の勝利を広宣流布の前進と定めて信頼される人となり、また会社も学会の組織も自分が勝たせるという一念でいきます!!

“誓願”の唱題

 “この人は自分なりに、一生懸命に働いてきたにちがいない。しかし、誰もが一生懸命なのだ。それだけで良しとしているところに、「甘さ」があることに気づいていない”
 伸一は、力強く語り始めた。
 「まず、同じ失敗を繰り返さないためには、なぜ、不作に終わってしまったのか、原因を徹底して究明していくことです。成功した人の話を聞き、参考にするのもよいでしょう。そして、失敗しないための十分な対策を立てることです。真剣勝負の人には、常に研究と工夫がある。それを怠れば成功はない。信心をしていれば、自分の畑だけが、自然に豊作になるなどと思ったら大間違いです。仏法というのは、最高の道理なんです。ゆえに、信心の強盛さは、人一倍、研究し、工夫し、努力する姿となって表れなければなりません。そして、その挑戦のエネルギーを湧き出させる源泉が真剣な唱題です。それも“誓願”の唱題でなければならない」
〈中略〉
 「“誓願”というのは、自ら誓いを立てて、願っていくことです。〈中略〉日蓮仏法の祈りは、本来、“誓願”の唱題なんです。その“誓願”の根本は広宣流布です。
 つまり、“私は、このブラジルの広宣流布をしてまいります。そのために、仕事でも必ず見事な実証を示してまいります。どうか、最大の力を発揮できるようにしてください”という決意の唱題です。これが私たちの本来の祈りです。
〈中略〉
 仕事は生活を支える基盤です。その仕事で勝利の実証を示さなければ、信心即生活の原理を実証することはできない。どうか、安易な姿勢はいっさい排して、もう一度、新しい決意で、全魂を傾けて仕事に取り組んでください」
〈中略〉
 伸一は、農業移住者の置かれた厳しい立場をよく知っていた。そのなかで成功を収めるためには、何よりも自己の安易さと戦わなくてはならない。敵はわが内にある。逆境であればあるほど、人生の勝負の時と決めて挑戦し抜いていくことである。そこに御本尊の功力が現れるのだ。ゆえに逆境はまた、仏法の力の証明のチャンスといえる。


『新・人間革命』開拓者の章


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 今の自分には、本当に本当に耳の痛い言葉でした。
 結果が全ての資格試験。
 
 勝ちたい、きっと勝てるはず、そう自信を持っていたつもりでしたが、それは砂上の楼閣のような儚い拠り所でした。
 人より努力せずに、人より工夫せずに、最難関の相対評価の試験で絶対に勝てるわけがないのに、そこに正面から向き合わず、自分なりにがんばることで良しとしていた自分がいました。

 
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中島敦『山月記』より

己(おのれ)の珠に非ざることを惧(おそ)れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦に伍することも出来なかった。己(おれ)は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚(ざんい)とによって益々己(おのれ)の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了(い)ったのだ。今思えば、全く、己は、己の有(も)っていた僅かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡(すべ)てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸(ようや)くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼かれるような悔を感じる。


※『山月記』は1969(昭和44)年9月20日初版発行から50年が経過し、著者は亡くなっています。
青空文庫でテキストが公開されています。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card624.html

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 高校1年の時だったか、『三月記』を読んで、抜き書きした一節です。
 「こうなっちゃいけない」という戒めのために。


 今月の本幹、創大時代からの親友のがんばりで、友人を本幹に連れ出し、一緒に勤行することができました。
 3人でお互いの祈りを共有して、唱題することができたのは大きな前進でした。
 本幹の親子活動体験も凄く心に響きました。

 それもこれも、真剣な題目があったからこそなんだと思います。
 
 
 7/26とその1ヶ月後に、人生左右する大事な試験。

 “誓願”の唱題で、一日一日、勝利の因を積み重ねていくこと。
 人生の勝負の時と決めて、挑戦し抜いていきます!!
 自分磨いていきます!!

「きっと変えられる」

「勇気づける名人」

 サンティアゴ博士が、《力による支配》に敏感なのは、理由がある。
 「私が生まれ育ったプエルトリコは、ずっと他国に植民地化され、従属を強いられてきました。かつてはスペインが支配し、後にアメリカが来て支配しました。政治的にも、宗教的にも、常に誰かに従うことを強いられ、私の人生の先には自由も開放もないように見えたのです」
 自分の人生、自分たちの社会の未来を、自分で決められないという閉塞感!
 「そんな時に、良師に出あい、私の人生は変わりました。心理学のカルロス•アルビズ博士(カルロス•アルビズ大学創立者)です。私は十八歳でした。尊敬できる素晴らしい師にめぐり会い、スポンジのようにあらゆることを吸収して学んだものです」
 アルビズ先生は、どんか人だったのだろうか? 
 博士によると、あふれんばかりの愛情をもち「人を勇気づける」名人であられたようだ。具体的には?
なにより先生は〈人の話をすすんで聴く〉人であった。ただ頑張れと言う以上に、話を聴くことこそが相手への敬意である。
 「博士はよく学生を自宅に招待してくれました。そういうことをする人は当時、まれでした。『あなたのことを教えてください』と、学生たちの話を熱心に聴いてくれるのです。ある土曜の晩など、夜中の三時まで、さまざまなことを語り合ってくださいました。忘れられません」

力に頼ると、心が鈍感に

 勇気づける――これこそ指導者の根本条件であろう。
 たとえば職場。
 部下を命令だけで動かそうとすれば、部下の体は従っても、心は従わず、動きは悪くなる。それを見て「彼は、やる気がない。自発性がない」などと決めつける上司がいる。部下の自発性を抑圧しているのは自分なのだと気づかない。
 「力」に頼った分だけ「心」は痩せて鈍感になるのだろうか。
 その反対に、こんな上司もいる。客とトラブルになり、おそるおそる失敗を上司に報告した。怒られるかと思ったら、「そうか!私の出番だな!まかせとけ!」。部下が上司を尊敬し、勇んで働いたことは言うまでもない。
 みなに敬意を払い、勇気を贈ったほうが、うまくいくのだ。職場も、家庭も。国も、世界も。
 そして、勇気を贈る一番のものは〈感謝〉ではないだろうか。「あなたがいてくれてよかった」「あなたのおかげで助かったよ」と。自分が必要とされているという実感が、人を元気づける。
 アメリカ創価学会のジョモ・ソーン男子部長も、ビートリス・ロペス女子部長も、プエルトリコに故郷(ふるさと)をもつ。
 ロペス女子部長のお母さんは十三歳の時、お父さんとともにプエルトリコからニューヨークに来た。しかし、父の暴力癖のため、同居できず、きょうだいは、ばらばらに引き取られることになった。少女はカトリックの尼僧のもとに居候し、学校に通った。スペイン語しか話せないため、居候の場でも、学校でも、孤独だった。なにもかもが、みじめだった。島に飛んで帰りたかった。泣きながら、島に残るお母さんに電話した。病床にあったお母さんは、そのたびに「あなたは大丈夫よ。素晴らしい子よ。あなたが私の誇りなのよ」と言ってくれた。
 私が頑張っていることが、お母さんの支えになっているんだ!
 生きる力がわいてきた。
 母に必要とされ、感謝されたことが彼女を救ったのである。
 母の「ありがとう」に「ありがとう」――彼女は今、晴れ晴れと勝利の人生を歩んでおられる。

「感謝」から「幸福」が

 ありがとうは〈奇跡の言葉〉である。口に出せば、元気が出る。耳に入れば、勇気がわく。
 私自身、毎日、朝から晩まで「ありがとう」「ありがとう」と言い続けている。
 外国に行った時も、「ありがとう」の言葉だけは現地の言葉で伝えることにしている。「サンキュー」「メルシー」「ダンケ」「グラシアス」「スパシーバ」「謝謝(シェシェ)」。それを、心を込めて、きちっと相手の目を見て言っているつもりである。
 「ありがとう」を言うとき、聞くとき、人は心のよろいを脱ぎ捨てる。人と人とが深いところで通い合える。
 「ありがとう」が非暴力の真髄なのである。
 「ありがとう」の中には、相手への敬意がある。謙虚さがある。人生に対する大いなる肯定がある。前向きの楽観主義がある。強さがある。「ありがとう」と素直に言える心は健康である。だから「ありがとう」を言うたびに、あなたの心は光ってくる。体にも生命力がわく。
 サンティアゴ博士が師匠に捧げる感謝の熱さに、私は感銘した。
 自分が、どんなにたくさんの人やものに支えられて生きているか――ありがたいと思う、その自覚が、感激が、その喜びが、さらに幸せを呼ぶ。
 〈幸せだから感謝する〉以上に〈感謝するから幸せになる〉のである。
 「祈り」も感謝しながらの祈りこそが、最も大宇宙のリズムと合致し、人生を好転させていく。
 「ありがとう」と言えない時、人の成長は止まっている、成長している時、人は他人のすごさが見えるからだ。成長が止まると、人の欠点ばかりが目につくからだ。
 家庭でも「こうあってほしい」「こうあるべきだ」と、自分の思い通りの妻や子供に変えようとしないで、まず「ありがとう」と言ってはどうだろう。
 ある婦人は晩年、病んで、家族の名前さえ思い出せなくなった。しかし、医師が「人生で一番幸せだったのはいつ?」と聞くと、はっきり答えた。「娘が生まれた時です……うれしかった!」。それを聞いた娘さんの眼から、涙がどっと、ほとばしった。
 「ありがとう、お母さん。その一言で十分です」
 そして自分の子供をいつも叱ってばかりいたことを反省した。「そうだ、この子が生まれた時、生まれてくれたことだけで私は幸せだった!」
 それなのに、いつか自分の中の「理想の子ども」に、この子を合わせようとしていた。百点の理想像と比べての減点主義。いつも「ここが足りない。あれがもうちょっと」「どうして、こんなことができないの!」。
 そんなお母さんだったのに、子どもは一生懸命、こたえようとしてくれた。優しくしてくれた。ありがとう。本当は、あなたが生きていてくれるだけで、お母さんは幸せ。あなたはそこにいるだけで、お母さんを幸せにしてくれている。ありがとう。
 ――彼女は新しい目で子どもを見た。すると「ありがとう」「うれしい」の材料には、こと欠かなかった。
 朝、ぎりぎりだけど起こせば起きる。それが実は「すごいことなんだ」と感動した。ご飯も好ききらいはあるけれど、成績も良いとは言えないけれど、「今日も学校に行ってくれて、ありがとう」「今日も笑顔を、ありがとう」。
 何もなくても「いつも、ありがとう」。「無事の一日」にありがとう。「当たり前」を「当たり前」と思う心は傲慢だと気がついたのである。
 病を宣告されてはじめて、今まで健康を「当たり前」と思い、少しも感謝していなかったと気づいた人もいる。
 だからたまには、しっかりと目を見て「お父さん、いつもありがとう」と言ってみてはどうだろう。お父さんも黙って食べていないで、奥さんに「いつも、ありがとう」と言ってみてはどうだろう。照れくさくても言ってみれば、そこから何かが変わっていく。

「きっと変えられる」

 「人生の道に立ちはだかる壁を乗り越えるには、『必ず勝てる』という楽観主義が必要です。そして楽観的になるためには、楽観的な人たちと交流することです!」
 サンティアゴ博士からの励ましである。
 私たちには仏法の楽観主義に生きる多くの友がいる。だから、きっと変えられる。自分を変えられる。一家を変えられる。職場を変えられる。地域を変えられる。社会と世界を変えられる。
 変革の夢は、あきらめなくていいのだ。

2004.5.29
人生は素晴らしい(抜粋)


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※サンティアゴ・ネグロン博士はアメリカの自治領であるプエルトリコの学者。

 大学に入りたてのころ、国連研究会の1つ上の先輩から、この切り抜きを渡されたことが懐かしい。
 整理していると、偶然その切り抜きのコピーが現れました。

 その先輩からは、たくさんの期待と、たくさんの励ましをもらいました。

「『自分が苦しいときに、どれだけ人のことを想えるかが勝負』って決めて戦う先生のようにいこう」
「みんなの意見を引き出すリーダーになってほしい」
「大河しかいない」
etc...

 感謝です。
 ありがとうございます。

 そしてみなさんにも、ありがとうございます!!
 法科大学院留年という惨敗を喫してしまいましたが、来年5月の一発合格を目指して、戦います!!

新社会人の友に贈る

 爛漫の春が巡る来るたび、私は、恩師・戸田先生を桜花に包まれてお見送りした日のことが、昨日のように思い起こされる。文豪トルストイは「信仰は人生を決定する」(原久一郎訳)と言ったが、私の人生は、大仏法を教えてくださった師の存在なしにはありえなかった。
 春はまた、新たな旅立ちの季節でもある。今回は、卓越した実業家でもあられた先生のご指導を振り返りながら、この春、社会人として新出発する青年に祝福のエールを贈りたい。

 ◇

 新社会人の皆さんに、まず肝に銘じていただきたいことは、「信用こそ力」「信用こそ宝」という一点である。今の日本の混乱や迷走を見ても、その根底には、「信用の失墜」という問題がある。
 政治家しかり、官僚しかり、企業しかりである。また、いかに優秀な人であっても、社会のルールを無視したり、おろそかにしては、誰からも信用されない。信用という土台があって、初めて、自分の力量も存分に発揮していけるのだ。
 新社会人として、その信用を築くための基本の第一は、〝朝に勝つ″ことだ。
 戸田先生は、遅刻には、ことのほか、厳しかった。それは、皆に、日々、リズム正しい健康な生活を確立させるための、厳愛でもあったと思う。「一日の出発に当たって、生き生きと清新な気持ちと決意にみなぎっている職場は、発展する」「責任者が遅刻したり、多くの社員がだらしなく遅刻を重ねるような職場は、必ず問題を起こし、衰微する」と、先生はよく語られていた。
 特に、新入社員には、「誰よりも早く出勤するぐらいの気概と懸命さを持て」と、厳格に教えておられた。私も、先生の会社に勤め始めたころ、毎朝、始業時間の三十分前には出勤し、職場を清掃し、元気いっぱいの挨拶で先輩たちを迎えたものである。
 前夜の学会活動が、どんなに深夜に及んだとしても、戸田先生は、遅刻の理由として認めなかった。「それは、信心利用だ!」と、一喝されたのである。

 ◇

 また、第二には、「正確な報告」「緊密な連絡」が大事である。これらは、職場という生命体を支える神経系統といえようか。
 仕事は〝情報戦″の舞台である。情報が正確か、あいまいか、いいかげんか、嘘か、それが勝負を左右する。その職場で、大切な情報の共有化がなされているかどうかも、仕事を遂行していくうえで不可欠である。
 連絡・報告に私情を交えたり、針小棒大(しんしょうぼうだい)な言い方をするのは、判断を狂わせる可能性がある。わが師は、そういう癖のある人には厳しかった。
 先生は、良い報告であれ、悪い報告であれ、迅速・正確な情報を大事にされた。そして、報告や話には「要・略・広」の三つがあるのだと教えられた。
 つまり、至急の時は要点を、時間が許されるのなら概略を、さらに説明の必要があれば広く、詳細に――ということである。ともあれ、仕事上の情報には、大きな責任がともなうことを、新社会人の皆さんは、絶対に忘れてはならない。

 ◇

 戸田先生は、よく「信用できない人間像」について語られた。参考として、さらに幾つか紹介しておきたい。
 「会社にしばしば遅刻する人」「無断欠勤をする人」「退社時間があいまいで、退社時間前から、どこかへ消えてしまう人」「金銭的にルーズな人」「生活態度が不真面目な人」さらに、「口がうまい人」「変なお世辞を使う人」「言葉が真実性を帯びていない人」等である。
 私は、今まで多くの人物を見てきたが、まさに先生のご指摘の通りであった。生活が乱れ、人生を踏み外していった人間は、必ず、こうした傾向性をもっていた。

 ◇

 では、いかなる人が信用できるのか――。
 「何事であれ、十年間、変わらずやり切った人間は信用できる」これが、戸田先生の持論であった。 私も、社会に巣立つ友には必ず、「まず十年間、辛抱しながら忍耐強く、基礎を築きなさい」と励ましてきた。
 希望に燃えて就職しても、初めから好きな仕事ができるとはかぎらない。世間の冷たさ、理不尽な現実に愕然としたり、「こんなはずではなかった」と苦しむことも少なくないかもしれない。また、上司や同僚との人間関係に悩むこともあろう。だからといって、仕事のイロハも覚えないうちに、「自分に合わない」と安易に辞めてしまっては、自分の本当の適性や実力もわからないし、現実の社会を生き抜くこともできない。
 「鉄鋼王」といわれたカーネギーが、電報配達をしていたころ、仕事は、事務所の掃除から始まった。彼は、電報配達の仕事に誇りをもち、この掃除にも真面目に励んだ。さらに、好奇心と積極性を発揮し、見よう見まねで通信技術を覚えていった。やがて彼は、電信局の通信技手に採用され、一歩、また一歩と自分の可能性を拡大していったのだ。
 彼は、その下積み時代の事務室を、「若い人にとってすばらしい訓練の場」(坂西志保訳)と呼んだ。生き生きと脈打つ、この向上心は、百年以上の歳月を超えて、今日の青年にも学ぶところは大きいであろう。それは、仕事をお仕着せの義務ではなく、自分の権利としていくチャレンジ精神だ。だからこそ、辛い下積みの仕事も、すべて、自己教育と自己飛躍の好機にすることができたのである。
 「働くことが楽しみなら、暮しはすばらしくなる! 働くことが義務になったら、一生奴隷ぐらしだよ!」(野崎詔夫訳)とは、ロシアの作家ゴーリキーの名言だ。
 戸田先生も、月給分だけ働けばよいとか、文句を言われない程度にすればよいという受け身的な態度を、最も嫌われた。青年であるならば、失敗を恐れず、わが権利として主体的に取り組むことだ。それでこそ、仕事は最高に価値ある人間錬磨の道場となる。私自身も、青春の日より、この人生の道を、決然と踏破してきた。
 ともあれ、御書に「御みやづかい(仕官)を法華経とをぼしめせ」(一二九五㌻)と仰せの如く、我らの「信心」は即「生活」である。
 文豪ゲーテは言った。「よろこびをもって仕事をし、なしとげた仕事をよろこべる者は幸福である」(岩崎英二郎訳)  またオランダの哲学者スピノザの言葉には、こうある。「幸福、真の幸福は、善行それ自身である」(原久一郎訳)
 若き友よ! 今、自分のいる場所で、断じて信頼を勝ち取るのだ!諸君が職場に巻き起こす新風で、この社会を明るく活性化させるのだ! 「職場の勝利者たれ! 人生の勝利者たれ!」と、私は祈り、待っている。


随筆 新・人間革命259
新社会人の友に贈る

2月20日 『女性に贈ることば365日』

 人間の最も美しい姿のひとつは、真剣に仕事に打ち込んでいる姿である。
 仕事に責任をもって、はつらつと取り組んでいる女性は、若さを失わない。


『女性に贈ることば365日』2月20日
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