広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

誓願

“人生の根本目的は広布にあり”

 山本伸一は、今、創価学会という大ジェット機は安定飛行を続けているが、広宣流布の旅路には、熱原の農民信徒や牧口初代会長の時代のように、激しき乱気流も待ち受けていることを覚悟していた。
 しかし彼は、会長として、“断じて殉教者を出すような状況をつくってはならない。もしも殉難を余儀なくされるなら、私が一身に受けよう!”と固く心に誓い、必死に操縦桿を握っていたのである。

 だが、広宣流布を推進していくには、それぞれに死身弘法の覚悟が必要である。その決定した一念に立ってこそ、一生成仏も、宿命を転換することもできるのだ。
 死身弘法の覚悟とは、“人生の根本目的は広布にあり”と決めることだ。そして、名聞名利のためではなく、人びとに仏法を教えるために、自らの生活、生き方をもって、御本尊の功力、仏法の真実を証明していくのだ。

 広宣流布のために、“健康になります。健康にしてください” “経済革命します。経済苦を乗り越えさせてください” “和楽の家庭を築きます。築かせてください”と祈りに祈り、学会活動していくのだ。広布誓願の祈りは、仏、地涌の菩薩の祈りであり、それゆえに諸天を、宇宙の一切を動かしていく。


新・人間革命 常楽の章

*******

みなさん、いまどんなことを祈っていますか?
どんなふうに祈っていますか?

祈りには、たくさんの学会指導がありますよね。

「必ずこうします!という決意を込めて祈る」

「感謝を込めて祈る」

「師匠に誓願を立てて祈る」

「自分のことだけでなく人のことも祈る」

「細かく、具体的に祈る」

「紙に書いて祈る、御宝前に掲げて祈る」

「みんなと共有して祈る」

「100万遍を目標に祈る」


ぼくはよく「広宣流布のための祈りは叶う(叶いやすい)」という指導を聞きます。

御書の「法華経の行者の祈りのかなはぬことはあるべからず」という一節を言い換えると、法華経の行者=広宣流布に生き抜く者であり、広宣流布に生き抜く者の広宣流布のための祈りで叶わないことはないというように読めます。
そういう意味では、「広宣流布ための祈りは叶う」というのは全くその通りだと感じます。

恥ずかしながら、ぼくは叶わなかったなという祈りがいくつかあります。
それは実は「広宣流布のため」と思って掲げた祈りではなかったなーということをうっすら考えています。
というよりも、実際問題「広宣流布のため」って思ってちゃんと祈れているのか怪しいもんなのです。
毎日ふとした瞬間に、広宣流布のことなんか考えていない時間はたくさんあるわけです。
そんなぼくの境涯で叶う祈りはたかが知れているんじゃないかと思うのです。

だからこそ先生は、「祈りに祈り、学会活動していくのだ。」と祈りと学会活動に徹していくことをご指導してくださっています。
学会活動しているときは、すなわち広宣流布へ身も心も捧げている状態です。その状態が続けば続くほど、自然と生命、行動、思考、祈りは「広宣流布のため」へと染まっていく。
そうしてどんどん大きな祈りも叶っていく。


ともかくも、1日1時間の唱題をやっていきます!

“誓願”の唱題

 “この人は自分なりに、一生懸命に働いてきたにちがいない。しかし、誰もが一生懸命なのだ。それだけで良しとしているところに、「甘さ」があることに気づいていない”
 伸一は、力強く語り始めた。
 「まず、同じ失敗を繰り返さないためには、なぜ、不作に終わってしまったのか、原因を徹底して究明していくことです。成功した人の話を聞き、参考にするのもよいでしょう。そして、失敗しないための十分な対策を立てることです。真剣勝負の人には、常に研究と工夫がある。それを怠れば成功はない。信心をしていれば、自分の畑だけが、自然に豊作になるなどと思ったら大間違いです。仏法というのは、最高の道理なんです。ゆえに、信心の強盛さは、人一倍、研究し、工夫し、努力する姿となって表れなければなりません。そして、その挑戦のエネルギーを湧き出させる源泉が真剣な唱題です。それも“誓願”の唱題でなければならない」
〈中略〉
 「“誓願”というのは、自ら誓いを立てて、願っていくことです。〈中略〉日蓮仏法の祈りは、本来、“誓願”の唱題なんです。その“誓願”の根本は広宣流布です。
 つまり、“私は、このブラジルの広宣流布をしてまいります。そのために、仕事でも必ず見事な実証を示してまいります。どうか、最大の力を発揮できるようにしてください”という決意の唱題です。これが私たちの本来の祈りです。
〈中略〉
 仕事は生活を支える基盤です。その仕事で勝利の実証を示さなければ、信心即生活の原理を実証することはできない。どうか、安易な姿勢はいっさい排して、もう一度、新しい決意で、全魂を傾けて仕事に取り組んでください」
〈中略〉
 伸一は、農業移住者の置かれた厳しい立場をよく知っていた。そのなかで成功を収めるためには、何よりも自己の安易さと戦わなくてはならない。敵はわが内にある。逆境であればあるほど、人生の勝負の時と決めて挑戦し抜いていくことである。そこに御本尊の功力が現れるのだ。ゆえに逆境はまた、仏法の力の証明のチャンスといえる。


『新・人間革命』開拓者の章


*******


 今の自分には、本当に本当に耳の痛い言葉でした。
 結果が全ての資格試験。
 
 勝ちたい、きっと勝てるはず、そう自信を持っていたつもりでしたが、それは砂上の楼閣のような儚い拠り所でした。
 人より努力せずに、人より工夫せずに、最難関の相対評価の試験で絶対に勝てるわけがないのに、そこに正面から向き合わず、自分なりにがんばることで良しとしていた自分がいました。

 
=======

中島敦『山月記』より

己(おのれ)の珠に非ざることを惧(おそ)れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦に伍することも出来なかった。己(おれ)は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚(ざんい)とによって益々己(おのれ)の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己(おれ)の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて了(い)ったのだ。今思えば、全く、己は、己の有(も)っていた僅かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡(すべ)てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸(ようや)くそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼かれるような悔を感じる。


※『山月記』は1969(昭和44)年9月20日初版発行から50年が経過し、著者は亡くなっています。
青空文庫でテキストが公開されています。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/card624.html

=======


 高校1年の時だったか、『三月記』を読んで、抜き書きした一節です。
 「こうなっちゃいけない」という戒めのために。


 今月の本幹、創大時代からの親友のがんばりで、友人を本幹に連れ出し、一緒に勤行することができました。
 3人でお互いの祈りを共有して、唱題することができたのは大きな前進でした。
 本幹の親子活動体験も凄く心に響きました。

 それもこれも、真剣な題目があったからこそなんだと思います。
 
 
 7/26とその1ヶ月後に、人生左右する大事な試験。

 “誓願”の唱題で、一日一日、勝利の因を積み重ねていくこと。
 人生の勝負の時と決めて、挑戦し抜いていきます!!
 自分磨いていきます!!

師への報恩の旅路

 毎日が、恩師との対話であり、恩師への誓いであり、恩師との共戦であった。
 瞬時も生命を離れぬ師への報恩の旅路であった。


2008.3.16付


*******


 こんな日々を送るんだと。

 創大卒業のときに、卒業委員のメンバーが作ってくれた、小冊子「飛翔」を読み直してて、見つけました。
 小冊子のサブタイトルがまたいいんです。


~使命の舞台へ
 一人ひとりが人生勝利者!~


 「舞台」を「そら」と読むんです☆
 いいですよね!!

 飛翔したくなってキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

にほんブログ村にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へに参加しています!
「創価学会」カテゴリのブログがたくさんあります。ぜひ見てみてください☆

「約束を守る」人、「誓いを果たす」人

 決意はたやすい。が、それを実現することは容易ではない。
 反逆者たちも、皆、口がうまかった。それぞれに立派な決意を述べていたが、結局、裏切っていった。
 口ではない。行動である。結果である。事実である。
 一旦、約束したことは必ず実行する――これが私の、また恩師戸田先生の精神である。
 また国際社会における信義の根幹でもある。
 口先だけでは通用しない。その場しのぎの言葉や、ソロバン勘定だけではかえって信頼を失ってしまう。軽蔑の対象となる。
 日本が国際社会において信用を得られるかどうかも、結局、こうした基本を大切にしているかどうかにかかってこよう。
 私は世界に多くの友人をもっているが、一流の人は皆、約束を違えない。私も、同じ信念できた。だから互いに安心し信頼できる。ゆえに、多くの友情が花開き、実を結んできた。
 「約束を守る」人が人間として一番偉い人である。「誓いを果たす」人が、一番苦しそうに見えて、一番幸福な人である。


『創立者とともに』VOL.1
1991.5.5
創価教育同窓の集い


*******


 一番できてないことだ。

 やばいなー。

 
 最後には勝つ、最後には勝つ、最後には勝つ!!!

 行動!行動!!行動!!!



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

にほんブログ村 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ に参加しています!
「創価学会」カテゴリのブログがたくさんあります。ぜひ見てみてください☆

1月17日 『女性に贈ることば365日』

 約束を守る人が、人間としていちばん偉い人である。
 誓いを果たす人が、いちばん苦しそうに見えて、いちばん幸福な人である。


『女性に贈ることば365日』1月17日
更新をLINEでお知らせ
オススメの本
最新コメント
記事検索
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: