広宣流布は俺がやる!

      創価学会青年部 牙の大河

希望に燃えて

「希望に燃えて」

希望に燃えて 怒涛に向い
たとい貧しき 身なりとも
人が笑おが あざけよが
じっとこらえて 今に見ろ

まずは働け 若さの限り
なかには 侮る者もあろ
されどニッコリ 心は燃えて
強く正しく わが途進め

苦難の途を 悠々と
明るく微笑み 大空仰ぎゃ
見ゆる未来の 希望岬
ぼくは進むぞ また今日も


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 青春の真っすぐな想いが、明るくリズムよく表現されてて、一読して大好きになった。
 そして、僕の青春もかくありたいと思った。
 先生の詩には、矛盾や不条理に溢れた現実を直視しながら、それでも希望を見失わずに、明るくまるで劇を演じるような堂々とした歩みで、笑顔を絶やさず前に進む勇気を与えてくれる。
 本当に、この詩を体現する人生を歩みたいと思う。


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「信」即「成仏」

 苦難は、人間を強くします。
 大難は、信心を鍛えます。
 難に挑戦して信心を鍛え抜けば、我が己心に「仏界」を現していくことができる。
 大難が襲ってきても「師子王の心」で戦い続ける人は、必ず「仏」になれる。
 日蓮大聖人の仏法の真髄は「信」即「成仏」です。
 その「信」は、自身と万人の仏性を信ずる「深き信」であることが肝要です。また、何があっても貫いていく「持続する信」でなければなりません。そして、いかなる魔性にも負けない「強靭な信」であることこそが成仏を決定づける。
 この「信」即「成仏」の深義を説く「開目抄」の次の一節は、あまりにも有名です。
 「我並びに我が弟子・諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑わざれ現世の安穏ならざる事をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束せし事を・まことの時はわするるなるべし」(御書234㌻)
 いかなる苦難に直面しても「疑う心」を起こしてはならない。諸天の加護がなく、現世が安穏でなくとも、「嘆きの心」にとらわれてはならない。不退の心で信仰を貫く人が、真の勝利者である。信心の極意を示した根本中の根本の御指導であり、永遠の指針です。


『開目抄』下巻


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元品の無明の晴れないときの俺は、ずっとこう思ってる。
「祈らなくたって適当に生きていける」
「祈ったからってどうなるのさ」
そんな、諦観と悲観、安易な現状肯定と妥協の肯定。
大切な人のことなんか忘れて、自分だけのせせこましい世界で、侘しく自分を守り続ける。

難と戦う気概を失った若者の行き着く先は、人と深く関わるのを避け、何も感じないかのように振る舞い、情熱的な人間を冷やかに嗤う、保身と嫉妬に身を焦がす憐れな青春だ。
外なる悪と戦わない人間は、内なる悪とも戦えないんだ。
三障四魔と戦わない人間は、三障四魔に喰い破られるんだ。

ぜっっったいそんなの嫌!!!
祈る!戦う!!勝つ!!!!

難と戦う人こそ偉大

 法のために大難を受けているのは誰か。
 三類の強敵と戦っている人は誰なのか。
その人こそを、正しき師と仰げ!──
これが仏法の教えである。
どんなに偉ぶって見せても、難を避け、虚栄を貪る人間は、真実の仏法者ではない。
正しい法を広め、難と戦う人こそが、偉大なのである。
正義に生きる我らには、難こそ誉れだ。最高の勲章である。


2010.1.24付
全国各部協議会

ありのまま姿

 本当の仏法者は、飾りません。ありのままの姿で行くのです。信心の世界に、学歴とかそんなことは何の関係もない。そんなものにこだわる慢心があれば、かえって信心の邪魔になる。本当の信心は捨て身です。自分をかばうのではなく、不惜身命で「難」に向かって進んでいくのが、本当の日蓮仏法だ。


『法華経の智慧5』

大難にあう人こそ

小失なくとも大難に度度値う人をこそ滅後の法華経の行者とはしり候はめ

【通解】少しの罪もないのに、(法華経を弘めているために)たびたび大難にあう人こそ、仏滅後の法華経の行者であると知りうるであろう。

御書297㌻、報恩抄
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